第14話 『揉め事』
控え室には気まずく不穏な空気が立ち込めていた。
めったに御目にかかることはないであろう緊張感漂う西園寺家の親族集結に、蒼汰も動揺を隠せなかった。
「零」
母が声をかける。
「あなた、今の話は?」
「今知った」
「そう。さっき横にいらしたスタッフみたいな方……」
「あ、 アイツは俺の親戚なんです」
蒼汰が言った。
緊張感からか、少し声が上ずる。
「江藤くんの?」
「はい。でも、親戚だから参列したのではなくて……彼女は相澤絵梨香といいますが、『ファビュラスJAPAN』という会社のもので」
中条楓がその言葉に反応した。
「ファビュラスって、あの? 私、雑誌読んでるわよ」
「あ、そのファビュラスです。おそらく、今日の生前葬、いや結婚式かもしれませんが……そのプロデュースを任せられたんだと思います。実は彼女のおばあさんと西園寺章蔵さんが幼馴染で。彼女もボクみたいに、小さい時によく西園寺家に遊びに行ってたそうなんですよ。ボクよりも、おじいさんと仲が良いみたいで」
「あらそう。相澤絵梨香さんね……何だか、昔お父様からそんな話を聞いたことがあるわ」
葵がなにかを思い出そうと天井をあおぐ。
楓は解せない顔をしたままだった。
「まあ、結局どっちみち本当に結婚式ってことなのね」
「はい。後ほど詳しく聞いてみますが、おそらく」
楓はさらに憤慨した。
「私は絶対反対よ! お父様はもう79歳なのよ! 今更私たちとよりも若い女と結婚だなんて、馬鹿げてるわ! 騙されてるに決まってる。どう考えたって遺産狙いじゃない! そんなこともわからなくなってるなんて、まさかお父様、痴呆が出てるとか?!」
零が楓を制するように言った。
「俺たちも何年も会ってないからわかりませんが、後で相澤に聞いてみます。本人と打ち合わせをしているはずなので」
「ああ、ファビュラスさんね。わかったわ。お話を伺ったらまた、説明しに来てちょうだい」
零と蒼汰は部屋を出た。
「ちょっと不穏な空気だよな……」
蒼汰は訝しい顔をした。
「相澤絵梨香は」
「どこだろ? 新婦を追いかけてったな。控え室かな」
控え室が並ぶ廊下をうろうろしながら彼女を探す。
「絵梨香が言ってたスピーチってさ、結婚式の方に言おうと思ってたんだな。俺らに結婚式だって、立場上言えなかったんだろうな」
「かもな」
一番突き当たりの部屋のドアが開いて、中から絵梨香が出てきた。
「絵梨香! 探してたんだ。そこは?」
「あ、新婦さん……美保子さんのお部屋」
そのまま、その目の前の廊下にあるソファーに3人座った。
「今日の概要、聞かせてくれるか」
零が長い足の上で手を組んで言った。
絵梨香は、これまでの章蔵とのやり取りと、今日のタイムテーブルについて全てを話した。
「そっか、結婚披露宴も、じいさんからの希望なんだな」
蒼汰が納得したように言った。
「今も新婦の美保子さんとお話したんだけどね、おじいちゃんはすごく元気なんだけど、息子さんも娘さんもなかなか田舎には帰って来ないし、孫たちだって成人になってから顔見せに来ないわけでしょ? やっぱり寂しそうなんだって。だからそばにいてあげたいって。彼女は別に結婚したいわけじゃなかったみたい。結婚してくれって言ったのはおじいちゃんの方なんだって」
「そうか。でも難しいなあ。親戚は納得しないぞ」
蒼汰が腕を組む。
「それはどうかな」
ずっと黙っていた零が口を開いた。
蒼汰が零の方を向き直す。
「だってお前の叔母さんは、さっき反対だって」
「それは初耳だったからだろ。西園寺家は……伯父はどう思うか分からないが、うちの母親と叔母に関しては、今更遺産なんてあてにしてない」
「そっか、確かになぁ。西園寺財閥はそんなちんけな争いするような資産額じゃないもんな」
「まあ遺産どうこうよりは、じいさんの面倒を公式に見てもらえる人がいた方が、むしろ都合がいいのかもしれない」
「なんかそういう考え、やだな」
絵梨香が少し頬を膨らます。
「絵梨香、金持ちには金持ちなりの悩みがあるんだよ」
「そうかもしれないけど……でもそれじゃあ、おじいちゃんも美保子さんもかわいそうだわ」
「まあ、家の話だからな。本当はちゃんと話し合ってから、こういう事をした方が良かったのかもな。零、これは揉めるかもな……」
そう言って蒼汰はちらっと零の顔を見た。
零は無表情を貫いていた。
その時、向こうから着物姿の女性二人が歩いてきた。
来栖葵と中条楓の姉妹だ。
そしてゆっくりこちらに歩み寄ると、零に似た彫刻のような美しい顔で3人を見据えた。
絵梨香が立ち上がって頭を下げる。
「ファビュラスJAPANの相澤絵梨香と申します。本日は西園寺章蔵様よりご依頼を受け、こちらの生前葬をプロデュースさせて頂いております」
中条楓が、絵梨香の姿を上から下まで見てから言った。
「さっき想命館の人が説明にいらしたわ。まあ、こんな感じだから、今日はイベント会社さんの出番はないんじゃない? だって、サプライズという名の、だまし討ちでしょ?」
絵梨香はその言葉に、驚いて顔を上げた。
「いえ、騙し討ちだなんて、決してそんなつもりでは……」
来栖葵が制する。
「やめなさい楓、ファビュラスさんに罪はないわ。お父様の依頼なのよ。ごめんなさいね相澤さん」
「いえ……」
葵にたしなめられた楓は少し不服そうな顔をした。
「まさか姉さんまで認めるって言い出すんじゃないわよね? お兄様みたいに。全く! すっかりお父様に丸め込まれるなんて……お兄様も情けないわ」
「楓、いい加減、口を慎みなさい」
「だって、家族の中に他人が入るのよ! しかも若い女だなんて……みっともない!」
長男の西園寺泰蔵が、気まずそうな面持ちで後ろからやって来て、絵梨香に話しかけた。
「あの……新婦に会ってみたいんだが」
「お兄様! なに言ってるの!」
「まあ……とにかく話をしてみよう。親父があそこまで信頼してるんだ」
零の母が絵梨香の方を向いた。
「相澤さん」
「はい」
「じゃあまずは、私たちがお話ししたいってことを、彼女にお伝え願います? 後は私たちでだけでお話しさせてもらうわ」
絵梨香は3人を待たせて美保子の部屋に入った。
「江藤くん、わざわざ来て頂いているのに、なんだかごめんなさいね」
「あ……いえ」
ほどなくして、部屋から出てきた絵梨香が、3人を中へ導く。
ドアが閉まると、絵梨香は緊張が解けたようにふらついた。
「おいおい絵梨香、大丈夫か?」
「ああ、なんか緊張した……」
蒼汰が絵梨香の肩を支えてソファに座らせた。
「零、お前さ、母ちゃんいたら、ますますしゃべんねえな」
「そうか」
零は全くいつもと変わらない表情で、そこに佇んでいる。
「そういえば零、じいちゃんと会わなくていいのか?」
蒼汰のその問いに、零は顔をあげた。
「式の後の方が、良さそうだ」
「ええ……」
絵梨香が言いにくそうに言う。
「できれば……サプライズで出てきた時は、驚いてあげてほしいんだよね。おじいちゃん、ここのスタッフと入念な打ち合わせをしてたの。どのタイミングで登場するかとか、胸を膨らませてリハーサルしてたから」
蒼汰が笑い出した。
「あのじいさんの顔が目に浮かぶな。みんなの驚く顔見たら大満足! ってか?」
絵梨香も笑った。
「まあ、それぐらいみんなに愛されてる人だな。驚くフリぐらいしてやっても全然いいんじゃないか」
「うん! なんか、おじいちゃんにも喜んでもらいたいし」
「そうだな、俺たちも会うのは何年ぶりだろ? 久しぶりにじいさんの笑った顔が見られるなぁ!」
「楽しみよね!」
蒼汰は頷いて、美保子の部屋の扉を見た。
「話し合いが続いてんだな。うまくいくといいな」
「ええ……」
零は依然、長い足の上に肘を置いたままの体勢で、ただそこに居た。
「相澤さん!」
廊下の向こうから声をかけられた。
「はい!」
絵梨香は立ち上がった。
想命館の小田原佳乃が、笑顔でこちらに向かって歩いてきた。
「そろそろご親族の方々にご着席いただこうと思ったんだけれど、控え室にご兄妹がいらっしゃらなくて……」
「ああ。今、美保子さんとお話になってます」
「なるほど……分かりました。ではお話が終わられたら、ご着席くださいって、お伝え願いますか?」
「わかりました」
2人にもお辞儀をして立ち去る佳乃を、顔を上げたら零が目で追っていた。
「どうしたんだ? 零」
「いや、見覚えがあるような」
「ええっ! 珍しいな? お前がオンナに興味持つなんて。ああいう感じがタイプか! 年上か?」
絵梨香も零の顔を見上げた。
「バカ言うな。そろそろ着席するぞ」
零が腰を上げた。
絵梨香は、会場の入り口で招待客と和やかに話をする小田原佳乃の横顔を見た。
小柄でサラサラのボブヘアーを揺らしながら、花のような笑顔で来賓と話をしている彼女を見て、素敵だなと思った。
男の人だったら、こういう女性のことを、きっと守りたくなったりするんだろうな。
そう思いながらまた零の顔を見た。
零はまだ、彼女の横顔を見ていた。
なんだろう…
妙な気持ちが沸くのを感じた。
第14話 『揉め事』
ー終ー
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