第12話 『The Second Case』next to the『RUDE BAR』

川沿いの木々が、パトランプによって赤く点滅し、それまでの静寂がまるで嘘だったかのように、一瞬にして物々しい雰囲気となった。


「私も行く」

「なにが起こったかわからないんだぞ、家に入った方が……」

「だってこのままじゃ家に帰っても不安なだけだもん。それに『RUDE BAR』に蒼汰がいるんじゃない?」

「おそらくな。何で知ってるんだ?」

「電車の中で蒼汰からメッセージが来たから。来ないかって誘われたけど、疲れてるからやめとくって言っちゃって……」

零が幾分、歩幅を絵梨香に合わせながら歩き、二人は上の通りに近づいた。

「疲れてるなら……」

「いいの、このままじゃ眠れないし」

「分かった」


零は蒼汰に電話をした。

「蒼汰、『RUDE BAR』にいるのか? そこに居たら聞こえないかもしれないが、今、上の道が騒然となってる。お前も上がって来てくれるか? 俺たちも、もうすぐそっちの前に着く」


『RUDE BAR』では、波瑠が電話中の蒼汰のただならぬ雰囲気を察した。

「蒼汰、どうした?」

「いや、零からなんだけど、なんか上が凄いことになってるらしいんだ」

「どういうことだ!?」

「騒然としてるって言ったから、多分……警察がらみだろうな」

「ってことは、また出たってことか!」

「かもな。零に上がって来いって言われたから、オレ上がるわ」

「ああ、気を付けてな。連絡くれ」

「分かった」

階段を駆け上りながら、蒼汰は思った。

「“俺たち”って言ったよな? 誰かと一緒なのか?」


二人は信号を渡るため大通りに出た。

いつものコンビニ前の横断歩道は封鎖され、道の北側の、ちょうど橋のかかった所に、警官が集まっている。

誘導されて、東へ一旦右折してから、『RUDE BAR』の前の横断歩道を渡った。


ふと橋の道に目をやると、警官達が壁となり、うずくまっている女性を野次馬から隠していた。

「え? 怪我人がいるの?」

後頭部しか見えなかったその女性は、肩まで毛布をすっぽりかけられて、スーツの警官から事情を聞かれているようだった。

顔は見えない。

ほどなく、またけたたましいサイレン音と共に救急車が到着し、橋の歩道に横付けした。

警官に支えられながら、立ち上がったその女性の毛布が、ハラリとずれて左腕が露わとなった。

絵梨香は息を飲む。

右手で肩を押さえるようにかばう、二の腕の下部から血が流れて、真っ赤に染まっていたのだ。

女性警官がさっと毛布をかけ直し、そのまま一緒に歩いて救急車の方にすすむ。

女性が救急車に乗り込む時、ちらっとこちらを見たような気がした。


『RUDE BAR』のドアが開いて、蒼汰が勢いよく出てきた。

「なんだ?! この騒ぎは……」

そう言って零の横にいる絵梨香を見てびっくりする。

「あれ? 絵梨香? どうしてここにいるんだ!?」

「ごめん、さっきは断って」

「そんなこと、どうでもいいよ。それよりなんで? 零と一緒だったのか?」

蒼汰は、辺りの物々しい雰囲気も相まって混乱しているようだ。

その時、零が絵梨香の目をまっすぐ見た。

身がすくむようなその眼差しに、息を飲む。

零は蒼汰に気付かれないように、小さく首を横に振った。

それは「秘密」を意味すると、絵梨香は瞬時に悟った。

小さく頷く。


救急車が再びサイレンを鳴らして走り出した。

「まさか……人が切りつけられたのか?」

蒼汰が青い顔をする。

「蒼汰」

ずっと黙っていた零が口を開いた。

「俺、行ってくるわ」

「ああ……だよな」

絵梨香をちらっと見て言った。

「蒼汰、こいつはお前に預けていいよな」

蒼汰は一瞬目を見張って驚いた顔をしたが、すぐに取り戻して返答した。

「……ああ、行ってこい」

零は身を翻すように、早足でパトカーの方に歩いていった。

すると脇道から、前にも見たことのあるスーツ姿の刑事が出てきて、零に駆け寄った。

蒼汰はますます増えてくる野次馬から、絵梨香の体をかばうように肩に手を回すと『RUDE BAR』の前へ促した。

「とりあえず入ろうか」

絵梨香は頷いた。


階段を下りていくと波瑠が心配そうに声をかけた。

「蒼汰、どうなってた? あれ? 絵梨香ちゃん?」

カウンターに二人ならんで座った。

「外は大変なことになってるよ。すっごい野次馬だったし」

蒼汰が神妙な顔をして言った。

「波瑠さん、あれからも何か被害があったか聞いてる?」

「ああ。あの後、2~3日してからだったかな、また警官が来て、この川沿いの上の公園で不審者が出たから情報集めてるって言ってたよ」

「オレが上がったとき救急車がちょうど出て……怪我人が出たんだよな?」

絵梨香に尋ねた。

「ええ。私、女性が救急車に乗り込むところを見ちゃって……顔は見てないけど、肩に掛かってた毛布が外れた時に、左腕が血で真っ赤だったの」

「え! そんなひどい怪我してたのか? いや、どうかな……歩けるということは、見た目の出血量ほど重症ではないということか……」

三人とも神妙な顔をした。

「ここに来た警官に聞いたんだけど、前に通報していた女の人は、何度か犯人を見かけてたらしいんだよ。警戒はしてたみたいだけど、出くわして刃物で脅されて……その時も襲われそうになったらしい。今夜はとうとう怪我をさせられしまったのか……かわいそうに。まあ、でもこれで正式に捜査が始まるだろうな。そのうち似顔絵を公開するって言ってた」

「今日被害にあったのがその彼女かどうかわからないけど、もしそうなら犯人は前から目をつけていたのかもしれないな」

「ひどい……何回も彼女の前に現れたなんて、本当に怖かったと思うわ」

絵梨香が下を向く。

「通報は何度もしてたみたいだけど、実際に被害が出てなかったら、警察もパトロールを強化するくらいしか、対処できなかったんだろうな」

蒼汰は絵梨香の肩をポンと叩いた。

「似顔絵を公開するっていうなら、犯人をだいぶん絞ることができるかもしれない。捜査が本格的に始まれば、捕まるのも時間の問題だ。それよか絵梨香、もっと自分の心配をしてくれ。川沿いの道は暗いからやめろよ」

「わかった」

「オレから由夏姉ちゃんにも話しとくよ。今日は?」

「今はサマコレの打ち上げ会場にいるはずよ。ひょっとしたら二次会に流れてるかも」

「そうか! 今日だったんだなサマコレ。じゃあ由夏姉ちゃん、下手すりゃ朝まで帰って来ないかもな。……っていうか絵梨香、なんで零と一緒に居たんだ?」

絵梨香は地上での零の眼差しを思い出した。

なぜ秘密にするのか理由はわからない。

けれど、前に蒼汰も言っていたけれど、零の行動にはすべて意図があるような気がした。

今日のサマコレの帰りに偶然、零と電車で出くわしたことにした。

彼が『RUDE BAR』に行くと言ったので、一緒に川沿いの道からマンションまであがって来たらパトカーが見えたので、一人で家に居ても心細いと思って、一度断った『RUDE BAR』に行くことにした……と。


「そっか。絵梨香、遅くならないうちに帰ろう。サマコレだったんなら、ホントはすごく疲れてるんだろ?」

「まあ……今日はよく働いたからね」


外に出ると、辺りはもう閑散としていた。

さっきまでここには何台もパトカーが止まり、そして救急車が来ていた。

腕から血を流して乗り込んでいく女性の姿が目に浮かぶ。

やっぱり怖いと思った。

「あ、零」

蒼汰のその声に少しドキッとした。

嘘をついてるから……。

零のとなりには、以前ここでこの二人に声をかけてきた、スーツ姿の刑事がいた。

「江藤くん!」

気軽に声をかける仲のようだ。

二人がこちらにやって来た。

蒼汰が刑事に話を聞いている間、絵梨香は零と目を合わせて、また小さく頷いた。

全然大したこともない事なのに、まるで大きな秘密を共有したかのようにドキドキしてしまい、絵梨香は少し恥ずかしくなる。


刑事と話し終えた蒼汰が零に言った。

「絵梨香と電車で偶然会ったんだってな? 助かったよ。絵梨香が駅から一人であの暗い道を帰ったりしたら、もし何もなくても心配だったと思うから」

「ああ」

零はそう短く言うと、蒼太の肩を叩いた。

「お前も早く帰れ、サラリーマン。明日も平日だ」

「そうそう俺はしがない編集者だ! じゃあな零。また事件のことを聞かせてくれ。ほら、絵梨香、行こう」

それからは、絵梨香がいくら視線を送っても、もう零と目が合うことはなかった。


第12話 『The Second Case』

     next to the『RUDE BAR』ー終ー

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