第11話 『打上げハプニング~Take Me Home』

「ファビュラスの相澤さん!」

突然、そう呼ばれた絵梨香はその声に驚いて、顔を上げた。

声のした方を見ると、モデルたちの間をすり抜けて、零がつかつかと大きなストライドで、絵梨香の元にやって来る。

「え?……」

その迫力に、男たちも彼女にかけていた手を離した。

零が低い声で言った。

「相澤絵梨香さんでしたよね、相澤専務のご親戚の?」

男達の顔色が変わる。

「俺、今日はこの後も仕事で、さっさと帰らなきゃいけないんで、早く社長と専務にご挨拶したいんですが……まだ到着しないですか?」

キョトンとしている絵梨香を睨みながら、外に顔を向けてサインを送った。

「あ……! 連絡取ってみます」

「早急にお願いします。では、お邪魔しました」

零は男達の顔を一瞥し、踵を返して会場の外へ出て行った。

絵梨香だけじゃなく、モデルたちも呆然としている。


「あ! じゃあ俺達も、また後でご挨拶に伺いますね」

急に敬語使いになって、男達は絵梨香の元からそそくさと立ち去った。

絵梨香も何のことやらわからなくて、しばらく立ち尽くしていたが、ふと我に返って、慌てて零を追いかけて会場を出た。


レストランの外の石造りの塀に、長い足を持て余すように組んで、彼が座っている。

しばらくじっと見ていたいような……

それこそ彫刻のようなシルエットだった。


「ねえ」

「なんだ、出てきたのか」

「さっきのは……」

零は、ちらっと絵梨香をみて、面倒臭そうに足を組み替えた。

「お前って、いつもそうやってぼーっとしてるのか」

急にそう言われて絵梨香は返答に困った。

「ぼーっとしてる? そうかしら? そんなつもりはないけど……」

「まあいいけど。でも隙だらけだな。気をつけろ」

「気をつけろって言われても……何に気をつけて良いか……」

零がため息をついて、空を見上げた。

「そんな、ため息つかれても……何の事か分かんないし…」



「絵梨香ー!」

少し離れたところから、大きな声で呼ばれた。

「あ、由夏ちゃん! かれんさんも。お疲れ様です!」

「お待たせ。会場どうよ? 出来上がっちゃってるとか?」

「まあ、そんなとこ」

「わかった。軽く挨拶したらもう無礼講にしちゃおう! ん?……あらあら、来栖零くん! ここに居たんだ? さすがね!」

零は軽く頭を下げただけで、何も言わなかった。

「由夏ちゃん、さすがってどういう意味?」

「なんでもないの! さあ、会場に入ろう。零君、あなたも」

促されて、皆で会場に戻った。


到着した社長のかれんの挨拶があり、由夏からのスタッフへの労らいの言葉があり、そこからリ・スタートとなった。

熱気を帯びるほど盛り上がって、サマコレさながらのサウンドパーティー会場と化していく。

気が付くと絵梨香も零も、会場の脇に佇んでいた。

チラッと横目で零を見ながら言う。

「由夏ちゃんってさ、こっからが長くない?」

「そうだな」

「やっぱり知ってるんだね! 由夏ちゃんのこと」

「まあ」

「私、先に帰ろうかな」

「賢明な判断だな」

「え? あなたもそう思うんだ!」

すると軍団の中心にいた由夏が、つかつかとこっちに歩いてきた。

「え!? なんでなんで? なにか聞こえた?」

あからさまに焦る絵梨香に、由夏が突っかかる。

「絵梨香、なに話してたのよ?」

「別に悪口言ったりしてないよ」

「なに! 悪口言ってたの?」

「だから! 言ってないって!」

横にいた零が下を向いて少し笑った。

「あら? あなたたち! 遂に打ち解けた?!」

「遂にって? どういう意味?」

絵梨香は由夏の言葉が理解できない。

「別に」

零が落ち着いた声で返した。

由夏が絵梨香の肩を突っつく。

「なんか二人、ずいぶん話が弾んでたじゃないの?!」

「弾んでたんじゃなくて、なんか、由夏ちゃんってここからが長くなるんだよねって。ちょっと面倒だから帰ろうかなって、そう話してただけで……」

零が吹き出した。

「絵梨香! それは悪口って言うんじゃないの?!」

「あ、ごめんなさい!」

由夏がグッと絵梨香に近付く。

「えっと……怖っ!」

「絵梨香、それじゃあさ、今日は先に帰りなさい!」

「え? いいの?」

「いいわよ、私たちに付き合ってたら、この先も長くなって朝になっちゃうかもよ? ねぇ零くん? そうなんでしょ!」

零がビクッとして顔をあげる。

由夏はニヤリとして零に近づく。

「じゃあ! 今夜は絵梨香を零くんに送ってもらおうかなぁ? どうかしら?」

「ええ……はい」

「じゃあ決まり! 絵梨香、さっさと帰りなさい。みんな酔ってきてるから挨拶も不要よ! 零くん、よろしくね!」

由夏が嵐のように立ち去って、二人は同時に溜め息をついた。

「なんかスゴい迫力じゃなかった!?」

「ああ」

「なんだか怖いね、これ以上絡まれないうちにさっさと帰ろう」


会場を離れて海沿いの道に差し掛かると、意外と強い風が吹いていた。

耳を澄ますと波の音が聞こえる。

「おい、そっちは駅じゃないぞ」

「うん、分かってる。ちょっと海が見てみたくなって……」

「どうせ真っ暗だ」

そう言いながらも、付いて来てくれる零の前を歩いて、海の直ぐ側まで行ってみる。

手すり越しにレストランと同じ景色が見えたが、生で見る大きな吊り橋の迫力は圧巻だった。

「すごい! 綺麗……」

吊り橋に掲げられたイルミネーションは 七色に変化しながら、その形を際立たせていた。

「でも海はホントに真っ黒なのね。見てたら吸い込まれそうで、怖いね」

「ああ」

「まだ顔が熱いよ、やっぱりちょっと飲み過ぎたかな?」

「だろうな、本人に悪口ぶちまけるくらいだからな」

いつになく零が楽しそうに見えた。

「それを言わないで! 悪口じゃないし。ホントの事だから……」

遠目に見えるレストランの窓から 、狂喜乱舞が聞こえてきそうで、肩をすくめた。


ふわっと肩に何かが掛けられた。

零のジャケットだった。

「え?」

「酔い冷めするぞ。羽織っとけ」

そう言って零は駅の方向に向かって歩き出した。

大きなジャケットを背負うような格好になりながら、絵梨香もその後に続いた。


電車に乗ると、ジャケットを零に返して、ガラガラの座席にならんで座った。

「一体、何年前から由夏ちゃんと知り合いなの? そうだ、波瑠さんが言ってた。由夏ちゃんとのファーストインプレッションもモデルスカウトだったんだってね!」

零はだんまりをきめこんでいる。

「結局今回出場したのに、どうして私のオファーは断ったのよ? いつ出ることを決めたの? 由夏ちゃんに何を言われたの?」

零はあからさまに面倒な顔をした。

「……お前、酔ってんの?」

「なんでよ? 誤魔化さないで!」

「今日はいつもより、よく喋るな」

そう言われて、自分でもそうだなと思った。

「ホントだ」

そこからは、妙に意識してしまって、ただただ電車の音だけが二人の間に響いていた。


駅についてからも、静かに二人並んで歩いていた。

「いつもは西の通りに迂回して帰ってるのか?」

急に零がそう言った。

「え? あ……いいえ」

「この道は使わない方がいいと、前も言ったよな?」

「そうなんだけど……」

「暗い上に死角も多い。公園もある。声かけ事件があったんだから、しばらくは迂回しろ」

「この前、蒼汰や由夏ちゃんにも同じ事言われたけど……でもここが駅から一番近いし、もう何年もここを通ってるんだから、大丈夫よ!」

「いや、用心に越したことはない。明日からは西の通りを通るんだ」

「何よ、高圧的に!」


絵梨香のマンションの前に着いた。

「送ってくれてありがとう。だけどあなたはこれから帰るんでしょ?」

「いや、『RUDE BAR』に寄る」

「そうなんだ。波瑠さんによろしくね! そうだ! 万が一由夏ちゃんがなだれ込んできたら、今日は結構出来上がっちゃってるから警戒するように! って伝えといて」

零に手を振りかけていたその時、パトカーのけたたましいサイレンの音が、北の大通りから聞こえて来た。

「……え? なに?」

パトランプで川沿いの木々が赤く染まる。

何台ものサイレンが近くまで来て止まった。

大通りが明るくなるほどのヘッドライトと、車のドアの開閉音、無数の靴音がした。

「なんだ……」

「行ってみましょう!」


第11話 『打ち上げハプニング

        ~Take Me Home』ー終ー

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