第10話 『サマーコレクション』~Run Into~
『サマーコレクション』会場を後にして、夜景が美しい車窓に目を奪われながら、のんびりした時間を過ごしていた絵梨香だったが、駅に着いた途端、大勢の人の流れに押されて、前のめりに転びそうになった。
強い力でその両腕を支え、後ろから抱きかかえてホームのベンチの前まで誘導してくれたその人は…
「助かりました、ありがとうございま…」
そう言って振り向くと、高い位置に見覚えのある顔が…
「え、来栖零…?」
零はバツの悪そうな顔をした。
顔を背けたまま「……大丈夫か」と。
しばらく声が出なくて、零を見上げたまま固まってしまった。
絵梨香は我に返って「ええ」と返事をするも、混乱している。
「なぜこの電車に?」
そして零の全身を眺めた。
「あれ? そのスーツ……髪型も……」
やけに決まっている。
顔を背けて、更にバツ悪い顔をしている零を、じっと見上げた。
首筋にうっすらとアートメイクの後が残っていた。
あのベネチアンマスクから延びていた、こぼれる涙を模したような白とブルーのラインを思い出す。
「ちょっと待って! あなた今日のサマコレ……」
「大丈夫だったら行くぞ」
話を聞かずに零が歩き始める。
「ちょっと! 行くぞって、どこに!?」
零は小さく溜め息をついてから、面倒くさそうに言った。
「お前が今から行く店だ!」
「え! やっぱり……そうなのね! あのベネチアンマスクの……」
零は何も答えずにスタスタと行ってしまう。
その光景は、絵梨香が零に初めて会った日のこと思い出させた。
今と同じ、彫刻みたいな顔をして無表情で、私の話も聞かずスタスタ歩いていた、あの日を。
「ねぇ、待ってよ!」
絵梨香は、零の腕を掴んで、その動きを止めた。
「なんだ」
「あなたさ、あの時、私の話に耳を傾けもしなかったじゃない! めちゃくちゃそっけなく“興味ありません”って、そう言ったわよね? なのにどうして、モデルを引き受けてるのよ!?」
「そんなのどうだっていいだろ」
「よくないわよ! 私、初対面なのに、どれほど嫌な思いをしたか!」
「……そりゃ悪かったな。もういいだろ、行こう」
「そんな言い方……」
会場に着くまで、絵梨香は零に絡み続けた。
「ねぇ、だったら誰からオファーが来たか教えてよ」
「誰だっていいだろう」
「ダメ! それは絶対聞かせてもらうから! だって私のオファーをあんなに無下に断ったんだから、それぐらい聞く権利あると思うわ!」
「ったく、うるさいな! 君の姉さんだ」
「え?」
「相澤由夏」
「え……。そういえば、由夏ちゃんとも知り合いだって、波瑠さんが……」
「そうだ」
「でも出場は聞いてなかった!」
「言ってないからな」
「教えてくれたらよかったのに」
抗議する絵梨香を、零はチラッと横目で見るだけして、またもやスタスタと歩いて行った。
「もう! 待ってよ!」
打ち上げ会場は、イタリアンレストランを借り切ってのビュッフェスタイル&サウンドパーティーで、『サマコレ』さながらにキャストを労うという『ファビュラスJAPAN』エグゼクティブディレクター藤田かれんらしい、粋なもてなし方だ。
海沿いの素晴らしいロケーションに立地する『ギャレットソリアーノ』の奥の巨大な窓からは、漆黒の海が時折夜景に照らされてキラキラと反射し、そびえ立っている吊り橋のイルミネーションは、美しさと迫力に満ちていた。
ひと足先に始まっていたサマコレの打ち上げは、既にお酒も少し入っていて、賑やかに盛り上がっていた。
そうそうたるモデル陣のオーラは、まるでドラマのワンシーンを見ているかのような、煌めきを放っている。
しかし、アットホームな打ち上げとはいえ、現場スタッフとの隔たりは 明らかだった。
かれんさんや由夏ちゃんが来るまでは
どうせまとまらないだろうから、
お食事を楽しんでもらったらいいかな?
そう思いながら絵梨香も、シャンパングラスを手に取った。
一口含むだけでほとばしるような感覚……
「美味しい!」
思わず一人で呟いてしまう。
そういえば来栖零はどこに
行ったのかな?
そう思って辺りを見回す。
会場の隅で長い脚を組んで、絵梨香と同じシャンパングラスを手にして座っている零を発見した。
退屈そうな表情。
やっぱりあの人って、協調性に
欠けてるのね。
そう思った時、何人かのモデルたちがふわっと花のように、彼のもとに歩み寄った。
囲まれた彼は彼女たちに腕を引っ張られ、その重い腰をあげた。
モデルの子たちの間から、頭が一つ突き出たその彼の表情は相変わらず憂いで満ちている。
ゆっくり会場の真ん中まで連れて来られる零が、まるで連行されているかようで、くすっと吹き出す。
彼がちらっとこっちに目をやったように見えて、首をすくめた。
でもやはり今も、何もないものを見ているような、不思議な目をしていた。
モデル達が笑顔で彼に話しかけたり、そっと彼の肩や腕に手をかける姿を遠目に見ていると、スペイン壁画の彫刻が踊り出しているかのようで、なんとも華やかで美しく、お似合いだと思わざるを得ない。
華やかモデル軍団を背に、そのすぐそばには技術スタッフの男臭い軍団がいた。
そして少し離れたところには、若きデザイナー集団も。
ここもなんだかギラギラしている。
なんだか、すごい世界ね。
そう思いながら、由夏に報告のメールを送った。
零の背中合わせにたむろっている技術の男集団も、少しアルコールが入ったせいか、声高に盛り上がっていた。
「さすがにモデルは敷居が高いじゃん? どのあたり行っとく?」
「そうだなあ……制作側とかだと話しやすいんじゃないか?」
「そうだな」
「なんだ? お前ら、ナンパしに来てんのかよ」
「そうじゃないけど、せっかくのチャンスなんだし。あわよくば、お持ち帰りできれば……なんて」
「お前、悪いヤツだなぁ」
「なあなあ、あの子どうよ? ビュッフェの所に一人でいる」
「あ、オレあの子可愛いなって思ってたんだよな!」
「俺も! ファビラスの子だろ? 入ったばっかりの子じゃねーか?」
「多分な、前回は見てねえし」
「まあモデルほどじゃないけど、スタイルもそこそこイイしなぁ」
「まあイイ感じかもな。ああいうのが意外とグラマーだったりするわけよ!」
「じゃあこの辺りで手を打ちますか!」
「だけど、恨みっこなしだぜ! お互いに」
「オッケー!」
男達はニヤニヤしながら、ビュッフェに近付いて行った。
「ねぇ、ファビュラスの人だよね? 一人?」
男軍団の一人が絵梨香の顔をグッと覗き込んだ。
「ええ、そうですが」
もう一人が彼女の肩に手を回す。
「え?……ちょっと……」
「あっちで俺たちと一緒に飲もうよ!」
「ね! いいでしょ?」
驚いて、身を固くする絵梨香を更に覗き込んで、ニヤリと笑った。
「いえ、私は……」
断る絵梨香の手を、彼らは強引に引っ張って奥の席に誘った。
零は依然、モデルの女の子に囲まれていた。
華やかに会話する女性達のその隙間から、男達に腕を引っ張られている絵梨香を見つけた。
さっき背中越しに聞こえた、くだらない話のターゲットが彼女だったことに気付く。
零は面倒臭そうに舌打ちをした。
なにも言わずモデル達をかき分けると、困った表情で彼らに手を引っ張られる絵梨香に向かって、遠くから声をかけた。
「ファビュラスの相澤さん!」
第10話『サマーコレクション』~Run Into~
ー終ー
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