第9話 『サマーコレクション』開催☆
大手イベント企画会社『ファビュラスJAPAN』では、毎年ヨーロッパのブランドが中心に行われる、ファッション業界でダントツの来客数を誇る巨大イベント『ワールドコレクション』の、サマーバージョン『サマコレJAPAN』と題して、日本国内のデザイナーズブランドに特化した、新しい形のファッションショーを開催することを発表した。
多くのフラッシュがたかれる中、発表記者会見の席では、社長のかれんを筆頭に、由夏、そして久しぶりにメディアの前に出てきた葉月の3人が、絢爛豪華な装花を施したメインテーブルに並ぶ姿を見て、絵梨香はこれから始まる大きな仕事に、胸を躍らせていた。
この大規模なイベントに向けて、親会社である『東雲コーポレーション』の各部署と、あらゆるファッション界のプロを集結させて、入念に打ち合わせを行ってきた。
『ファビュラスJAPAN』は、このファッションイベントの企画から演出に至るまで、全般を請け負い、コンセプトに基づいたイベントブースのチョイスとオファー、ランウェイの配置に至るまで、かなりな時間を費やして準備し、総合的にプロデュースしている。
会場は、『ワールドコレクション』と同じ、近くに海を臨むコンベンションホール。
そこは普段は様々なライブやイベントが行われている大きなハコで、これまでも多くのゲストが訪れている。
今回絵梨香が担当するのは、このイベントのweb広告宣伝、それに当日の会場ブース演出、ホールの整備だった。
5月に入り、各社の取材も受けながら『チーム:ファビュラス』は一丸となって、一層本腰を入れて準備を始めた。
そしていよいよコレクション当日、搬入された機材の設置は早朝から始まり、音響や演出のリハーサルから、各ブースのチェックまでと、目が回るような忙しさで、絵梨香も由夏の指導のもと、あわただしく動き回っていた。
早々にショーリハーサルが始まった。
ランウェイの方では素人モデルのウォーキングリハーサルが行われ、何度も音楽がかかっては止められて、の繰り返し。
厳しいコーチの激が飛ぶ中、エスコート役のメンズモデルがやけに目立って見えた。
すごいスタイル。
たしか本番には、女優の『レイラ』が
駆けつけて来る予定だから、すこぶる
スタイルのいいメンズモデルを用意
するって、由夏ちゃんが言ってたな……
レイラは元モデルで、まだ新人の頃は『ファビュラスJAPAN』のモデルをメインにしていたそうだ。
今や、日本を代表すると言っても過言ではないほどの女優になって、海外でも人気が高い彼女も、古巣のイベントには好意で出場してくれるらしい。
その当時のカップリングは、なんと今の『JFMコーポレーション』のCEO藤田健斗。
彼は『ファビュラスJAPAN』の社長の旦那さんだ。
由夏から聞かされた話では、藤田社長は『レイラ』の従兄妹でもあるそうだ。
更に、実は『レイラ』は帝央大学出身で、波瑠さんとも親しく、絵梨香はまだ会ったことはなかったが、『RUDE BAR』に来ることもあるらしい。
あんなキレイな人が地元出身とは驚きだ。
そんなことを頭に巡らせながら、ふとランウェイに目をやる。
さっき見た、すごいスタイルのメンズモデルが歩いて来た。
その顔にはベネチアンマスクが装着されている。
そうか、このコーナーのテーマは
『真夏の夜の舞踏会』だったっけ?
なんだか妖しくて良いかも?!
彼の周りを様々なドレスのモデル達が囲み、波のように彼のそばに寄せては引いて、魅了している。
あのメンズモデル、外国の人かな?
背が高い。
ほとんど動いてないけど……なんか
雰囲気があるなぁ。
リストにそんな名前あったっけ?
今回のイベントは、ダイナミックなサウンドとプロジェクションマッピングとのコラボレーションで、ファッションというよりはエンターテイメント性を重視としたイベントだった。
海外でも著名な、映像アートデザイナーの『T.KOUGAMI』の演出とあって、そこでも取材が殺到、当日も各メディアが列をなしていた。
本番では、これまでに例をみないほどの集客数を記録し、爆音の中オーディエンスもトランス状態で大盛り上がりだった。
絵梨香も裏方の仕事の傍ら、大いに楽しんだ。
まるで服の上からバケツの水をかぶったかのように汗をかいて、由夏にも笑われてしまった。
燃え尽きるほど盛り上がった絵梨香だったが、イベントが終わり、ゲストがはけてからのバラシが一番大変で、またバケツの水をかぶったぐらいの汗をかいてしまった。
疲労もピークに達し、もうその場で座り込んだまま眠ってしまいそうになるぐらい、クタクタだった。
専務の由夏も、社長のかれんまでもが、意欲的に後片付けに動いている。
そんな様を見ながら、自分はまだまだだなあと反省し、精一杯仕事をした。
着替えを終えたモデル達の大集団がやってきた。
「お疲れ様でした!」
由夏が笑顔で対応する。
「では皆さんは、このまま打ち上げ会場に向かってください。車は入り口に回してあるので」
「あれ? 彼は?」
由夏がモデル軍団を見回す。
一人のモデルの子が反応する。
「ああ、あの長身の彼だったら、まだ残ってるって言ってましたよ」
「なるほど……」
由香はそうつぶやいて、皆を送り出した。
絵梨香が由夏に呼ばれた。
「はい専務、何ですか?」
「ここからは私の従姉妹の絵梨香で結構よ! シャワーを浴びて、先に打ち上げ会場に行ってくれない?」
「いいけど、どうして?」
「私もかれんも、まだ次のイベントの打ち合わせがあるからすぐ動けないの。でもモデルさん達、もう向かっちゃったでしょ。一応何人か打ち上げ会場に人員は派遣してあるけど……私達が到着するまで、会場の状況を報告してもらえる?」
「わかりました、専務」
絵梨香は更衣室でシャワーを浴び素早く身支度をした。
「じゃあ由夏ちゃん、行ってくるね!」
由夏は、絵梨香を上から下まで舐めるように見た。
「なに?」
「うん、今日の服もまあ……可愛いかな!」
「なんなの? 変な由夏ちゃん」
由夏は妙にニコニコしている。
「じゃあ、いってらっしゃい!」
「はーい!」
絵梨香の後ろ姿を見送りながら、由夏はそっとスマホを取り出すと、一本電話を入れた。
「ご苦労様。絵梨香、今出発したわよ」
電車の車両には、サマコレに来場したであろう人々がたくさん乗っていた。
興奮冷めやらぬ状態で、ワントーン大きな声で話している観客たちを、今日だけは微笑ましげに見ることができる。
人間とは勝手なものだ。
海から山へ向かう車窓からは、見事な夜景が広がる。
それらを眺めている人たちが、あまりいないのが残念に思うほど、綺麗だった。
じっくり夜景みるのなんて
ここ久しくなかったな。
一緒に見る相手もいないしね。
ちょっと皮肉めいた気持ちが心に湧いた。
一際美しく輝くところに目をやる。
夏はあそこで花火があるって、
由夏ちゃんが言ってたな。
花火も暫く行ってないなぁ…
え? 待って!?
いつから行ってない!?
ってゆうか、私いつから
彼氏いないんだっけ!?
一人で撃沈してしまった。
気を取り直して、その美しい宝石たちを更にうっとりと眺める。
暫しの、のんびりした空気とは裏腹に、駅に着いた途端、大勢の人が流れ出す。
電車を降りたとたん、前のめりに転びそうになった。
「きゃっ」と短く叫んだその瞬間、誰かが強い力で、両腕を支えてくれた。
後ろから抱きかかえられるような格好で、人波を避けるようにホームのベンチの前まで誘導してくれる。
「助かりました、ありがとうございま……」
そう言って振り向くと、高い位置に見覚えのある顔が……
「え、来栖零……?」
第9話 『サマーコレクション』開催☆ー終ー
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