第8話 『眩しい想い出との再会~光と影~』

西園寺章蔵という人物。

日本屈指の大財閥『西園寺グループ』の会長で、政界とも深い繋がりをもち、章蔵は社会のご意見番としても、たまにメディアの取材を受けていることがある。

初めてテレビ越しにおじいちゃんを見た時、とても驚いたのを記憶している。

「おじいちゃんがテレビに出てる! おじいちゃん、タレントさんになるのかな?」という小学校低学年の子供の質問に、母は笑っていた。

すごい人物なんだとちゃんと認識できたのは、中学生になってからだったけれど、それでも私にとっては、唯一無二、ただ一人のおじいちゃんだった。

血が繋がっていないのが不思議なくらい身近で、物心ついたばかりのあの頃の、まぶしい夏の時期を、いつもそばで共に過ごし、多くの経験をさせてくれたおじいちゃん……

絵梨香にとっては、もはや親戚以上の存在で、特別な思い入れを抱いている。


その人が、クライアントとして十数年ぶりに目の前に現れる。

再会……胸踊る自分に気付く。

待っている間、絵梨香は西園寺章蔵との思い出の一片を佳乃に話した。


「いらっしゃいました」

案内役が連れてくる。

「こちらへどうぞ、西園寺様」

佳乃がそう促すも、章蔵は席に着くより先に、満面の笑みを浮かべて絵梨香の前にやって来た。

「えりちゃんか! 今日会えるって、静代さんから聞いていてなぁ、楽しみにしとった」

「わぁ!おじいちゃん……、元気だった?会いたかったよ!」

本当は「ご無沙汰しています、お元気そうで」という言葉を用意していたのに、思わず子供の頃の自分に返ってしまっていた。

章蔵は絵梨香をまじまじと見る。

「なんだ、ちっとも変わっとらんな」

「嘘でしょ! 大人になったのよ」

「いや、あの頃から全然変わってない。今もイチゴを頬張っていた時と同じ顔して笑っとる」

「もう、失礼なんだから!」

「背は伸びたな。大きくなって良かったな」

「小学生じゃないのよ!」

「ははは。とにかく、会えて嬉しいよ!」

佳乃と新婦になる絹川美保子は、にこやかな表情を浮かべながら、静かに絵梨香の顔を見ていた。

絵梨香が美保子に改めて挨拶をし、打ち合わせがスタートした。


「じゃあ、おじいちゃんが企画しているのは、ベースは生前葬っていう形でお客様を呼ぶのね? そしてお衣装は? お着物……袴か何か?」

「いやタキシードだ」

「タキシード? おじいちゃんが?」

「ああ、それも白で」

「白!」

美保子をちらっと見る。

どうやら、若い花嫁さんのご要望のようだ。

資料に目を通しながら、生前葬であるオープニングから順を追って確認していく。

「それで登場は……え? 棺から?」

章蔵はもはや得意気に笑っている。

「おじいちゃん、斬新だね!」

絵梨香が舌を巻いているその横で、佳乃が説明を加える。

「その時は、バックスクリーンごと入れ替えまして、披露宴仕様にチェンジします。大きな3メートルのタワーケーキもご用意して、ケーキカットを行って頂く前に、シャンパングラスを各テーブルにお配りします」

「すごい……これらは小田原さんの方で手配されるんですか?」

「はい、西園寺様とは何回か打ち合わせさせていただいているので、会場の事はほぼわが社の方で手配済みです。ファビュラスさんには主に演出をお願いすると聞いていましたので、会場の状況を知っていただいた上で、ご提案をよろしくお願いします」

「わかりました」


絵梨香もブライダルを踏まえた話を、新婦の美保子をメインに打ち合わせをしていった。

「階段を使ってのパールシャワーですが、この資料を参考にしていただいて……こんな感じでいかがですか? 後は、エンドロールに使うビデオ撮影ですね。お使いになりたいお写真などがあったら、前もって提出して頂ければ、映像に組み込むようにしますね」

頭を付き合わせて朗らかに話をする女性陣を、章蔵は嬉しそうに見ていた。

「新郎新婦からのコメントも入れましょうね。でしたら事前に撮影もしましょう!」

絵梨香をまじまじと見ながら、章蔵がつぶやく。

「えりちゃんも頼もしくなったなあ」

「だから! もう大人なんだって」

どっと笑いが起きる。

打ち合わせを終えて解散する時、西園寺のおじいちゃんは本当に名残惜しそうに、いつまでも絵梨香の手を握った。

「やだ、普通のおじいちゃんになっちゃった。でも、おじいちゃんの新しい人生に関われて、私、本当に嬉しいわ!」

そう言って、その手をしっかり握り返した。


お嫁さんになる人は随分若い。

こんな仕事をしていたら、様々なケースに立ち合うこともあるし、ブライダルのサポートに行けば最近は珍しくない年の差婚だけれど……今回はどうかな…

ご親族はどんな気持ちなんだろう?

生前葬だと思って参列したら結婚式だって……ひょっとして式が終わってから揉めるパターンかも……ないこともないなあ。

話を初めて聞いた時は、あまり前向きなイメージがなかった絵梨香だったが、章蔵のとなりで優しい笑顔を浮かべている美保子の、章蔵をいたわる姿を見て、この二人の幸せを心から願う気持ちに変わっていった。


いつまでも手を振る絵梨香の横顔を見て、佳乃がつぶやいた。

「相澤さんって、多くの人に愛されてるんですね」

「え?」

「あ、いえ。西園寺様、お幸せそうでしたね。相澤さん、いつも笑顔が素敵で羨ましいわ」

「いいえ。私、小田原さんのお陰で、今日は多くを学べたような気がします。ありがとうございました」

「こちらこそ。では次の打ち合わせで。あ、でもその前に地元で再会するかも!」

「そうですね! またお会い出来るのを楽しみにしています。今日はありがとうございました」

絵梨香はそう言って、偶然お揃いだったキーホルダーを指差して、タクシーに乗り込んだ。


手を振り終えて、事務所に戻った佳乃は、ポケットから絵梨香の名刺を出した。

「相澤絵梨香……」

そう呟いて、周りに誰もいないのを確認して、その名刺を田中の席の床に置いた。


自席でパソコンを開いていると、事務所に戻ってきた田中が床に屈み込むのが見える。

タイミングを見計らって声をかけた。


「ああ、田中さん! いらっしゃったんですか? じゃあ紹介すればよかったなぁ……」

「へっ? 紹介?」

「ええ、ファビュラスの相澤絵梨香さんですよ。さっきも言ったでしょ? 田中さんのこと気にしてたって! 見ました? 相澤さんってスタイル抜群だったでしょう? いいですねぇ田中さん、あんな素敵な人に気に入られるなんて!」

田中の口角が上がった。

「彼女ね、私の家のすぐ近所にお住まいなんですよ! 東区の桜川沿いの真っ白の大きなマンションなんですって!」

それだけ言って事務所を出た。



歩く速度が速くなって、最後には小走りのようになった。

気分が悪い。

佳乃はそのまま建物の外に出た。

外壁に寄りかかり、ポケットからタバコを出して口にくわえる。

でも、火をつける気すら起きない。


「マンション名も教えてやればよかったかしらね?『カサブランカ・レジデンス』701号室だって」


鼻で息を吐きながら、彼女はそのタバコを自分の口からもぎ取るように離して、溝に叩き捨てた。

「いいのよ、これで」

自分に言い聞かせるように、声に出してそう言うと、ポケットにライターをしまって、通用口から館内に戻った。


第8話 『眩しい想い出との再会

         ~光と影~』 ー終ー

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