第7話 『動き出す迷宮の扉 ~想命館~』
翌朝、由夏と絵梨香は、またもや珍しく同時に玄関ホールに居た。
「うん、そのスーツ選んで正解ね。もし地味なスーツだったら、それこそ葬儀の参列者みたいだし」
「そうなの、久しぶりにおじいちゃんにも会えるから、成長した女性の私も見せてあげたくて」
「成長した女性ね……それはどうかな?」
「もう!」
「とにかく、楽しんでおいで。章蔵さんにもよろしく言ってたって、伝えといてよ」
「オッケー。由夏ちゃんは『白い恋人』、忘れないで買ってきてよ!」
「了解!『ROYCE'』も『バターサンド』も買ってきてあげる!」
絵梨香は由夏の指令通り西区の葬儀場へ、由夏はキャリーバッグを片手に空港を経て北海道へ、それぞれ向かった。
いくら豪華とは聞いていても、都心を離れた葬儀社なので、さほど気負いもなく出掛けた絵梨香だったが、現地に行くと想像とあまりにもかけ離れていて、驚くばかりだった。
『想命館ハートフルライフ』
洒落たロゴで『SHL』と書かれたその建物は、中央にそびえ立つ本館と、宿泊施設を完備した2棟の別館からなっている。
その周りには整備された庭園とそれらを囲む竹林。
敷地面積もさながら、本館のグレードは目を見張るものがあり、一流ホテルを思わせるような豪華で気品のある建物だった。
よくよく考えれば、西園寺財閥の会長たる人物が、寂れた葬儀社で生前葬をあげるわけがない。
きっと来賓も、各界から集められたそれはそれは華やかな面々で、さぞかし豪勢なパーティーとなるのだろう。
今更ながら、そんなビックイベントを取り仕切るのが自分なんかで務まるのだろうかと、不安にもなる。
タクシーを降りるとドアマンが待ち構えていて、フロントへ促してくれる。
コンシェルジュに名前を言うと、別のスタッフが会議室まで案内してくれた。
美しい装飾を施したエレベーターを降りると、趣のある調度品と豪華なフラワーアレンジメントが飾られたエレベーターホールがあり、重厚感のある絨毯が敷き詰められていた。
会議室にはすでに担当の女性が入っていて、立ち上がって挨拶をした。
「祭事担当の小田原です」
差し出された名刺には『想命館ハートフルライフ 小田原佳乃』とあった。
「ファビュラスJAPANの相澤です。よろしくお願いします」
同じく名刺を差し出すと、小田原佳乃はちょっと驚いたような顔で、絵梨香の顔をまじまじと見つめた。
「どうされました?」
「いえ……、知り合いにちょっと相澤さんが似てらいして……」
「そうですか」
「すみません」
「いえいえ」
微笑み合う。
和やかな雰囲気で打ち合わせが始まった。
「ホントに立派な建物ですね!」
「たまに本当にホテルと間違えて入って来られる方がいます」
「そうでしょうね。外観も、ここからのロケーションも、本当に素敵ですし」
「まあ、実際に、遠方からいらっしゃる方も多いですし、故人と共に宿泊される事は、これまでのどこのお葬儀場でもあったと思うんですけれど、送る方々は精神的に大変なのに、身体的にもダメージを受けることが多かったと思うんですね。それを解消したら、このような形になった、という訳なんです。天然の温泉も完備してるんですよ!」
「すごいですね!」
小田原佳乃は優しい微笑みを浮かべた。
可愛らしくて話しやすい人だと思った。
「生前葬ってポピュラーなんですか?」
「最近はそうですね、特に我が社は多いと思いますが……でも今回のように結婚式にチェンジする、というケースは初めてですね」
「そうですよね! 私もびっくりしちゃって」
女性2人、話が弾んだ。
「私、てっきり担当の方は男性だと思ってました」
「それは葬儀社だから?」
「あ……いえ、そういうわけでは……」
「いいんですよ。今でこそ珍しくないですけど、入社当時は女性社員はほぼいませんでしたね」
「そうですか」
「まあ、今でも新卒がくるような会社ではないですけどね。あ、ちょっとコーヒーのおかわり入れてきますね」
「あ、お気遣いなく」
「いえ、私が飲みたいので」
「ありがとうございます」
小田原佳乃は給湯室に向かうため、会議室を出た。
するとすぐそこに、佳乃の上司、田中紀洋がいた。
覇気のない顔をしながら、その三白眼で、いつも女性ばかり追っているのを佳乃はよく知っている。
いかにも盗み聞きしていたと言わんばかりの、ばつの悪そうな顔で立っている田中に向かって、佳乃は白々しく言った。
「あれ田中さん? どうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」
「いや別に……」
「今度の生前葬……じゃなくて結婚式の担当の女性、とっても素敵なんですよ! もうお会いになりました?」
「あ……さっき廊下ですれ違って……」
「そうですか。あ! じゃあ田中さんのことだったのかな? 彼女ね、葬儀社ってこんなに明るいイメージなんですねって。それに素敵な男性もいるんですね、って嬉しそうに言ってましたよ! では失礼します」
彼女は給湯室に向かった。
最後の言葉に、田中の口角が上がっていたのを確認した。
その喜びを隠せない表情を思い出しながら、ふんと鼻で笑った。
書類を束ねながら佳乃が言った。
「大まかな流れはこんな感じです。このあと、新郎新婦が見えるんですが、まだ一時間ほどありますね……。よろしかったら相澤さん、一緒にランチしません? 当館にはレストランもあるんですよ!」
「本当にホテルみたいですね!」
「本日はイタリアンのお店にご案内しますね!」
庭園に向かって、大きく窓がはめ込まれた、天井の高い落ち着いた店内で、2人でパスタを食べながら、雑談に花が咲く。
「葬儀社のお仕事って、よくわかってないんですけど、小田原さんはどんなことをされてるんですか?」
「結構驚かれると思いますけど、何でもやりますよ。カウンセリング、プランニングはもちろんですが、ご親族のケアですとか、火葬場の手配ですとか館内すべての案内役をしながら、ご遺体の清掃「湯かん」っていうんですけどね、そのお手伝いもします。この業界は人手不足で。この館内のサービスには外注やアルバイトの方も多くいらっしゃいますが、想命館の社員は少ないので、フル稼働で……」
「そんなにお忙しくしてらっしゃるんですか?」
「ええ。まあ、どんなに景気が左右しようとも、人は亡くなるものでしょ?人が毎日生まれるように……。だからこの仕事って、なくならないんですよ。景気にも左右されません。その代わり、なかなかお休みももらえなくて……」
「大変なお仕事なんですね」
「相澤さんがやってらっしゃるイベントと、通ずるところはありますよ。物を与えるとか食べさせるとかの物理的な提供ではなく、思いを与えるものでしょう? いわば心に残るメモリーをいかに素晴らしい形で残してもらうか、そういう意味では、この世を去るかたも送るかたにも、思いを伝え合うセレモニーでないといけないと思っているんです」
絵梨香は佳乃の、故人を思い慕う感情や情緒と、親族側の思いにも向き合う気持ちに、いたく感動した。
彼女の掛ける言葉や所作の美しさが、しいては葬儀そのものを柔軟に演出できるのだろう。
「大変勉強になりました。お話聞けて本当に良かったです。私もまだまだだなって……」
「そんな……私だってこの業界ではまだまだひょっ子ですよ」
「そんなこと」
「私20代なんですよ、もっとおばさんだと思いました?」
「いえ、正直、さっきお名刺頂いた時は同じくらいの年齢かと思ったんですが、お話を聞いているうちにあまりにもしっかりしていらっしゃるので、ひょっとしたらだいぶん年上だったりするのかなぁと……すみません」
「正直な人ですね。28歳です、こう見えてキャラクター好きだったりするんですよ」
「本当ですか?」
「ええ、最近自宅の最寄り駅の前にファンシーショップがオープンして、最初は懐かしいなって思って買ったら、はまっちゃってね。今や家に『ジョイフルベア』が溢れちゃって……。ほらここにも」
佳乃はバッグを持ち上げてその取っ手に付けた小さなクマのチャームを見せた。
「え、うそ! 私も……」
絵梨香もバッグを持ち上げる。
「あら、お揃いですね!」
「そのファンシーショップって……。ひょっとして小田原さんのお宅の最寄り駅って「渚駅」じゃないですか?」
「……ええ、そうですけど。ひょっとして相澤さんも?」
「そうなんです! 家は駅から桜川沿いを上がっていったところなんですよ」
「え! そうなんですか? 近くですね! 私は川から大通りまで上がって、もうちょっと西側なんです」
「すごい! そんな近くに住んでたなんて!」
「どこかですれ違ってるかもしれませんね」
「本当に!」
2人は地元の話でもう一盛り上がりした。
「ではそろそろ、新郎新婦のお迎えに」
「そうですね! 戻りましょうか」
「よかったら今度は地元でお食事でも」
「いいですね!」
第7話 『動き出す迷宮の扉
~想命館~』ー終ー
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