第6話 『意外なオファー New EVENT』

「美味しい! やっぱりトロが一番!」

由夏は溜め息をつく。

「まだまだ若いわね。お寿司はまずは白身とか光物とか、あと貝類とか、そこからスタートするのよ」

「そうなの?」

「そうよ。次に味の濃いウニとかイクラとか、赤身なんかをいってから、クッと日本酒をひっかけて……ここからようやく中盤で、トロやハマチの濃厚なのが登場、ってわけ」

「いつもそんな風に?」

「そうね、そこから更に最後に穴子とかたまごとかの甘い物を食べる人もいるわね。私はお酒も入ってるし、お腹いっぱいになるから、そこまでは到達しないけど」

「お寿司にも食べ方ってあるんだ?」

「まあね、お店にもよるけど。大人の流儀ってやつかな」

「由夏ちゃんは立場的に、会食やお付き合いもよくあるじゃない? 高級なお店ではマナーも色々ありそうだし。皆さんそんな感じなんだよね? 由夏ちゃん、そんなので疲れないの?」

「まぁ最初は疲れたな。絵梨香ぐらいの時はね。だけどそのうちね、それを楽しむようになるのよ。」

「へえ」

「これも大人のたしなみよ。絵梨香にはまだまだか?」

「私だって必要に応じて変えたりはできると思うよ。でも今日は食べたい物から食べる!」

「いいわよ、原稿があがったご褒美だから!」

「やったね!」


ビール片手に由夏が話す。

「そうだ絵梨香! 面白い案件が入ったの。担当はあんたよ!」

「面白い案件?」

「そう! イベント業界だから一応ありはありだと思うけど、『ファビュラス』的には初めて手がける分野なの!」

「どんなイベント?」

「それがね、生前葬なの!」

「え、生前葬?……そういうのは葬儀会社がやるんじゃないの?」

「そうなんだけど、今回は特別なの。依頼は誰だと思う?」

「え、私の知ってる人なの?」

「そう。ナント、私とあんたのおばあちゃん、静代おばあちゃん!」

「なんで? どうして?」

「静代おばあちゃんのお友達の西園寺章蔵さん、知ってるでしょ?」

「もちろん! 小学校の夏休みは毎年1ヶ月くらい静代おばあちゃん家に行きっぱなしだったけど、その時にはずっとあの大豪邸に遊びに行ってたわ。それも毎日ね。西園寺のおじいちゃんは、面白くて優しくて、毎日色々な体験をさせてくれたの。大好きだったなあ……」

「その西園寺さんが、この度結婚することになったのよ」

「結婚? ちょっとまって! なに言ってんのよ、さっき生前葬って…」

「そう、生前葬。その名目で集客して、実は結婚披露宴っていうサプライズをしてほしいっていう、そういう依頼なのよ」

「なにそれ? ドッキリなわけ? そんなの聞いたことないよ!」

「だから、『ファビュラス』に依頼が来たってわけ!」

「由夏ちゃん、ちょっと待って。おじいちゃんって静代おばあちゃんと幼馴染みよね?……ということは今、何歳?」

「80歳くらい?」

「それで結婚って! どういうこと?」

「章蔵さん、西園寺財閥の会長を80歳で引退するんだって。それを期に結婚したいんだそうよ。なんせ奥さんを亡くされて、もう四半世紀らしいし」

「じゃあ、お相手は?」

「それが…34歳なんだよね」

「え……今って年の差婚も珍しくないかもしれないけど………40歳越えの年の差って!」

「まあね……でもお相手は看護師さんなの。年は若いけど特定看護師っていう、医療行為もできる特別な研修を受けた看護師でね、とても優秀で落ち着いた人なのよ」

「そう……」

「ま、そう複雑に考えずに! クライアントのご要望に応えるのがイベント会社の醍醐味でしょ? 明日にでも会場の下見を兼ねて打ち合わせに行って来てよ」

「明日? アポは?」

「取ってあるに決まってるじゃない。会場は『想命館』っていうの。西区ね。詳細は、このタブレットにフォルダー作ってあるから、資料を見て」

これはまたもや、無茶ぶりなミッションだ……絵梨香はそう思った。


「絵梨香、行ったらビックリするよ!」

「どうして?」

「葬儀場のイメージを覆されると思う。すごく素敵なの! 担当の小田原さんって方も、とてもしっかりして良い方だから、絵梨香が困ることは何もないと思うわ。それよりは西園寺家とよくよく打ち合わせしてちょうだい」

「え? おじいちゃんに会えるの?」

「そうよ!」

「ホント! 嬉しい! でも、私の事わかるかな?」

「なんで? 絵梨香なんて、小学生の頃から全然変わってないじゃない」

「ひどい! 成長してないみたいに言わないでよ!」

「でも、おじいちゃんに会ったら、ますます童心に返っちゃうかもよ?」

「ホント、すごく楽しみ!」

「浮かれるのはいいけど、お嫁さんになる人も来てるんだから、粗相のないようにしてくださいね!」

「了解しました! 専務!」


満腹のお腹をさすりながら、ほろ酔いで部屋に戻ると、絵梨香はさっそく資料に目を通した。

新郎 西園寺章蔵79歳、新婦 絹川美保子34歳…

さすがにその年の差を見ると、複雑な思いが湧いてきてしまう。

日本屈指の大財閥の西園寺家、そこの会長がお相手ともなれば、どうしても妙な想像をしてしまう人が大半だろう。

絵梨香自身もそれは否めない。

祖母を通じて縁あって、自分はそんなすごい人と馴れ馴れしくも仲良くさせてもらったけれど、幼い子供だった自分から見ても、ただならぬお金持ちと思えるほどの豪邸、そして暮らしぶりだった。

絵梨香にも優しくしてくれていた、あの邸宅に大勢いた大人達は、皆、西園寺家の使用人だ。

新婦となる人も、その使用人の一人で……

きっとこの結婚は簡単ではないはずだ。

絵梨香は少し心配になった。

小学生の時、夏休みの間、ずっと絵梨香を実の孫のように可愛がってくれて、多くの経験をさせてくれたおじいちゃん。

本当に西園寺のおじいちゃんが大好きだし、感謝してやまない。

だから本当に幸せになってもらいたいと、そう心から思った。

だからこそ、その2人の愛情が真実であることを、切に願う。

よし! 自分の目でしっかり確かめよう。

使命感をもって、明日は出かけることにしよう!


第6話 『意外なオファー New EVENT』

              ー終ー

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