4 裏庭と想い人
知奈は、休み時間、千里にこの体験をかいつまんで話した。
普通、誰も信じないような話を、千里を信じているからこそ知奈は話した。
千里は、時折相槌を打ちながら、真剣に聞いていた。
しかし、知奈が話し終わり、少しの沈黙が流れると――
「・・・あっ、あたし、ちょっと用事があるんだった。ゴメンっ、又ね!」
そう言って、千里は教室を出て行ってしまった。
知奈は、教室を見回した。
隅っこでぺちゃくちゃと喋っている女子。
椅子に座って何かをこちゃこちゃとやってる男子、二人。
読書している女子、数人。
そして――椅子に座っている修也が、知奈をじっと見ていた。
修也と目が合って、知奈は目をそらそうと思ったが、何故かそらせなかった。
知奈は真っ赤になって、時間の感覚が無くなっていった。
一秒だったのだろうか、一分だったのだろうか、五分だったのだろうか。
二人の、不思議な見つめ合いが続く。
ふいに、修也ががたんと席を立った。
「あ・・・」
知奈は、声にならない声を出した。
修也は教室のドアへ向かう。しかし、ふっと知奈の方を振り向くと――
「何ボケっとつっ立ってんだよ。早く付いて来い。」
「・・・はぁ?」
思いがけない言葉に、知奈は思わず、間の抜けた声を出してしまった。
しかし、それ以上修也は何も言わない。
その無言の迫力と、「嫌われたくない」という思いから、知奈は訳のわからないまま、修也に付いていくしか無かった。
修也と知奈が辿り付いた場所は、人気の無い、しんとした裏庭だった。
足を止めるなり、修也は無表情に、知奈に向かって手を出した。
意味がわからず、ぼぅっとしている知奈を見ると、修也は少し焦り気味に言った。
「さっさと出せよ。渡すもん、あるだろ。」
知奈は、え・・・、と短く言った。
「だから・・・あれだ、あれ。」
相変わらず呆けた顔をして、知奈は修也を見ている。
修也は更に焦り気味に言った。
「今日・・・2月だろ。」
「うん。」
知奈が短く相槌を打つ。
「2月っていえば・・・ほら・・・その・・・」
修也は既に真っ赤だ。先ほどの知奈よりも。
その瞬間、知奈の頭の中には、あるものがパッと思い浮かんだ。
まさか、と思いつつも、知奈はそれを言葉にした。
「もしかして・・・チョコ、貰いたいの?」
修也はサッと顔をそらした。しかし、今だに手は伸ばしたままだ。
「だから、貰ってやるって言ってんだよ。さっさと出せ。」
その姿が、今までの修也のイメージと全く違っていて、知奈は面白くなってきた。
知奈は、カバンに入れておいたチョコレートを、さっと出した。
そのチョコレートを見た瞬間、少しながら顔を輝かせた修也。
「やっぱり、俺に貰って欲しかったんじゃねえか。貰ってやるよ。」
「違うよ。あたしがあげてあげるの。」
「俺が貰ってやるんだ。」
「あげてあげるの!」
「貰ってやるって言ってんだろ!」
知奈は、ぷっと吹き出してしまった。それがスイッチとなり、笑いは止まらない。
修也も又、知奈を真っ直ぐと見据え、笑い始めた。
笑いが収まると、知奈は笑顔のまま、修也にチョコレートを渡した。
修也はぶっきらぼうにそれを受け取ると、恥ずかしそうに「放課後、ここで待ってろよ」と言い、校舎へ戻って行った。
修也の後姿を見ながら、知奈の心には嬉しい気分と信じられない気分が混ざっていた。
あの冷たい修也が、こんな一面を持っていたなんて――知奈は再び、笑いがこみ上げて来た。
そうだ。千里に話そう。千里なら、一緒に悦んでくれるはずだ――
知奈はそう考え、軽いカバンを抱えて校舎に戻った。
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