3 屋上と男の子
あたし、こんな事される覚え、無いよ――
知奈は心の中で叫んでいた。
靴は無くなる、ノートは破かれている、筆箱はゴミ箱に捨てられている――今日は知奈にとって散々な一日。
クラスメートも知奈に冷たく接した。唯一千里だけは話し掛けてくれたが、その度に優花が千里を呼び、いつも千里は行ってしまう。
今は弁当の時間。当然優花は千里を呼び、知奈はぽつんとひとりになった。クラスメートは、目を合わそうともしない。
知奈はたまらない気持ちになり、教室を抜け出してしまった。
千里が知奈を呼ぶ声がしたような気がするが、優花達のはしゃぎ声にかき消され、定かでは無い。
「は――・・・」
知奈は、今初めて安心している。この屋上なら、人が来る可能性は殆ど無い。
いつもは来ないこの屋上。空は、少しずつ曇り始めていた。
弁当包みを開くと、何かが書かれた紙が入っていた。
「・・・・・・」
それを黙って読んだ後、くしゅくしゅと丸めて、知奈は弁当を食べ始めた。
半分程食べ終えただろうか。屋上に、誰かの人影が、ゆらり、と出てきた。
知奈は驚き、反射的に人影の方を見る。小さな男の子。
顔は、涙でぐしょぐしょだった。もとは立派な洋服だったのだろうが、その服はぐちゃぐちゃに汚れていた。
「お姉ちゃん・・・」
男の子は、か細い声で言った。
もの欲しそうな顔で、弁当を見つめる男の子。
「・・・お腹、空いてるの?」
男の子は、こくん、と頷いた。
「このお弁当でいいなら・・・」
知奈は、夢見心地にそう言っていた。不思議とか、疑いとか、そういったもの以前に、この男の子が可哀想でたまらない気がするのだ。
男の子の汚れた顔は、たちまちパッと輝き、「ありがとう」と言うと、何も言わずにがつがつと食べ始めた。
その様子を、知奈は座って見ていた。
凄まじいスピードで食べ終わり、男の子は、ふぅっ、と溜息をついた。
そして知奈の顔を、ずいっと正面から見ると、再び礼を言った。案外、礼儀正しかった。
暫くは、二人とも並んで座っていた。何も喋らなかった。
ふいに、男の子が、ねぇ、と口を開いた。
「何で、お姉ちゃんはここにいるの?」
知奈は、ふっと弱い笑みを見せた。
「・・・何でだろう、ね。」
すると、心配そうに、男の子が知奈の顔を覗き込む。
「嫌なこと、あったの?」
「無いよ。・・・無い。」
まるで自分に言い聞かせているかのように、知奈は言った。
「嘘だぁ。」
男の子は、はしゃいだように言った。
「だって、ぼく、知ってるもん。お姉ちゃん、好きな人、いるでしょ?」
思いがけない言葉を聞いて、知奈は明らかに驚愕した。
そんな知奈のことはそっちのけで、男の子は話を続ける。
「もし、嫌なことされても、諦めないで。
裏切る友達は、友達じゃないから、心配しないで。
浮ついた理由で人を愛する人は、相手にしないで。
ぼくは、お姉ちゃんの味方だから・・・」
そう話す男の子は、幼児のそれでは無かった。
一方の知奈は、言いたいことが山ほどあるのに、驚きで声も出せないでいる。
いつの間にか、男の子の洋服は、新品の様に綺麗になっていた。
「頑張って。」
その一言を残し、男の子はふいに消えた。
知奈は、その場に唖然と座っていた。
今のは白昼夢だったのか――現実的に考えて、あんなこと――
しかし、知奈が食すはずであった弁当は、空っぽだった。
知奈は、ふぅ――と深く溜息をついた。そして、記憶を整理し始めた。
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