久方ぶりに人の世に現れた四つの影は、着いた先の惨状に溜息を漏らす。

「鬼の気配はないが、酷い有様よ」

「戦の後か」

 死臭が酷く、鼻を覆う。

「騰蛇、これからどうする?」

「まずは、魂を封じた場所へ行き確かめねばならぬ」

 人の形(なり)をした四つの影は、人里へと向かった。

 人目のない場所へ降り立ったが、合戦の後とは幸先が危ぶまれる。道中、少しでも情報を得るために、里の中に停泊する事とした。まずは、飯屋に立寄る事で、意見は纏まる。

 戦の世からか、身なりの良い者の帯刀が目立つ。

 それで、上手く馴染めていると実感する。ある程度の情報は雪兎から得てはいるが、気が抜けないのは確か。

「しかし、呼び名を一郎とは。適当にも程があるのう」

 そう自嘲するのは騰蛇だ。

 こちらでの呼び名をどうするかと悩んだ末、一時だからと一から四まで郎を付けるで良いとなった。が、改めて呼ぶとなると羞恥心が生まれる。

「兄弟みたいで気持ち悪い」

 そう言い出したのは、天空だ。

 空色のふんわりと雲のような髪は、目立たぬよう黒に染まっている。物言いは、変わらずだが。

「そう言うなよ四郎。俺は結構気に入っていぞ。な。二郎」

 大きな猫眼を輝かせて、朱雀を見る白虎。顔半分の髪は普段ならば白いが、天空同様黒一色だ。

 普段見られぬ姿に、各々新鮮味はあったが、中身は普段と変わらない。

「さて、良いか。雪兎もこうして情報を得たという。些細な事でも逃すでないぞ」

 騰蛇の言葉に、三人は頷く。

 飯屋を後にした四人は、宿を取るとすぐ様二手に分かれて里を歩きまわった。陽が落ちた頃、宿の割り当てられた部屋にて情報を交換し合う手はず。

 燭台に火を灯し、互いの顔が良く見える距離で、話し合いは行われた。

 殻を破る感覚。自身にかけていた術を解き、真の姿を晒す。

「本当、窮屈な術。騰蛇は良いよね、元々黒髪だから」

 いの一番に不満を漏らしたのは天空だ。今は、自慢の空色の髪を魅せている。

「まぁまぁ、これも承知の上であろう」

「そうだけど。なんか不公平な気がしただけ」

「天空は卑屈すぎやしないか?」

「何? 悪いの?」

 目を細め喧嘩腰の言い方に、言った本人は頭を掻く。

「これ。ここで揉めては先に進まぬ。朱雀も天空も、良いな」

 この二人は性格が真逆の所為か馬が合わない。

「それで、お主らの方は何か手がかりは掴めたか?」

「……嫌。鬼というよりは、戦がどうとかこうとかだな。戦乱ってやつだな。不安を口にする奴が多かった」

「そうか。こちらも同様。鬼の気配も感じられぬ」

「鬼が出るか蛇が出るかだな。っておい白虎寝るな」

 物静かに聞いていたかと思えば、朱雀に目を閉じて寄りかかる。

「大きい声出さないでよ、朱雀」

 すかさず天空が注意する。

 はて、どうしたものか。

 この癖のある三人を面倒見るのは自分であろうな。

 騰蛇はこちらへ来る面々と顔合わせした時より、こうなる事は分かっていた。一度刀を抜けば心強い者達であるは間違いないが、普段の相性は良くない事は確か。

「子の刻に確かめに参る。夜陰故、里を抜ければ駆けて行けよう」

 騰蛇の意見に賛同した朱雀と天空は、時刻まで口を聞くことはなかった。

 人々が寝静まる時刻。

 妖は人を惑わし食らう。斯の話は、ずっと昔から口伝えされてきた。時にその姿は絵師によって描かれ、より信憑性を持って語られる。

 異形の姿または、時に人の姿で現れる妖。

 子の刻。

 外を出歩く者は居ない。

 人気のない里は灯りも無く、ただの暗闇だ。

 今は、妖だけではない。

 人が振るう刀剣が、命を食らう世の中。

 用も無く出歩くなど、命を危険にさらすだけの行為。

 それが、かえって好都合であるのは確か。

 白虎を叩き起こし、里を抜けた所で獣の姿へと、一言。

 眠い眼を擦り、大きな欠伸の後、大風と共に白い虎は現れた。

「騰蛇と朱雀を乗せればいい? 天空は飛べるでしょ?」

「上までは乗せて」

「三人は重いよ。……ま、良いけど」

「すまぬな。我らでは、辺りが焼けてしまう故」

「良いから。早く行って早く帰って寝たい」

 白虎は、身を屈め乗るように促す。

 ふんわりとした毛並みの白虎の背に乗ると、急上昇し、人目につかぬ上空で一旦止まる。

「じゃ、後をつけるから」

 天空はそう言うと、手から黄砂を出しその上に飛び乗る。

「あの山の麓へ行かれよ」

「分かった。飛ばすから気をつけて」

 白虎は言う通り、素早く駆けた。

 里の裏手にある山は、霊山だ。

 この霊山には結界が張ってある。かつて、黒鬼を封じた際に張ったものだ。妖は、この結界に入ることも出ることも出来ない。

 白虎は人気がないのを確認した後、ゆっくりとその場所へ降り立ち、人の形へと戻る。

「なんと……」

 異変が起きていた。

「淀んでる」

 霊山であった山は、今や邪気を孕み淀んだ空気であった。

「恨みが滲んでる。それに、壊されてる」

 天空の言う通り、黒鬼を封じていた岩は、物の見事に割られていた。

「いよいよ噂が真実味を帯びてきたね」

 白虎の眠気もさすがに吹き飛んだ様子。

「兎に角、貴人に知らせねばならぬな」

 騰蛇はその時、提灯の灯りが近づいてくるのを目にする。

「こんな時刻に出歩く人がいようとは」

 今は人の姿。

 四人は会話を止めて息を飲む。

 その灯りは、徐々にこちらへ近づく。

 そして、止まる。

「妖かと思ったら、ただの人か。こんな時間にこの辺をふらつくって事は、この辺の者じゃないな?」

 提灯の灯に顔を照らされる。

「へぇ。こりゃまた別嬪揃いで」

 無精髭の男は、物珍しい目で四人を嬲るように見た。

「俺の見間違いか。確かに、こっちへ来たと思ったんだがな」

 と、言う目は白虎を捉えていた。

 暫し、じっと見つめる。

「……ま、いっか。聞かぬが花ってな。銀、行くぞ」

 男は何も言わず、元来た道を帰ろうとする。

「おい、銀。帰るぞ」

 男に呼ばれ、銀と言う人物は、四人へ深く深く頭を下げると、後ろ髪引かれる思いで、彼等に背をむける。

 男の姿が見えなくなると、白虎は大きく息を吐いた。

「生きた心地がしなかった。もう帰りたい……」

 獣の姿ならば、耳が下がっていたであろう。緊張感が一気に抜ける。

「あの男。見透かしていたね」

「ふむ。ただの人ではない様子」

「見える人と見えない人がいるのは仕方ない。事を荒立てないで済んだんだから、いいんじゃない」

 天空は他人事のように話す。

「宿へ戻ろう。これ以上人に見られてはかなわぬ」

 黒鬼を封じていた岩が壊されていた事実を得た四人は、再び空中を飛び舞い戻る。空の上での会話はなく、重い空気だけが漂っていた。

 翌日。

 鬼の目撃の上がった都へと発つ事とした。

 里から都までは一本道。人の足では丸一日を要した。ここでも天空は愚痴を漏らしていたが、都に着く頃には弱音も出ぬほど疲れ切っていた。

 里と比べると、都の中心は夜でも賑わいを見せていた。

 本当に、鬼が出たのか疑いたくなる程に、明るい。

 戦乱をも忘れさせるように、唄さへも聞こえてくる。

「極楽浄土って感じだな」

 天空は嫌みを吐く。

 騰蛇は宿を借りると、天空と白虎を残し、朱雀と二人都を見て回る。

「あいつら、本当に危機感なさすぎだぜ」

 朱雀は肩を落として歩く。

「仕方無かろう。性分とは簡単に変わるものではない」

「だけどよう」

 言いたい放題の天空に一々食ってかかっては身がもたない。故に、朱雀は口には出さず我慢していた。

「では、我らもあの店で羽目を外す。など、出来はせぬな」

 騰蛇は一際賑わう酒屋を指差す。

「そりゃずるいぜ……」

「鬼の話が耳に入るかもしれぬ。そういう名目であれば良かろう。付き合うてくれるか?」

 断らないのを承知していながら聞いてくる。

 朱雀は頭を掻いて、付き合ってやる。そう答えた。

 暖簾をくぐり中へ入ると、二階へと案内された。

 中は廊下を挟み個室が連なっている。個室とはいっても、仕切られているだけであり、賑やかな会話が至る所で聞こえる。顔が見えないからか、愚痴や色恋に関する話も飛び交う。

 個室奥は障子窓が開いており、開けば辺りを見渡せた。

「なかなか良い場所ではないか」

 騰蛇は界隈を見渡して呟く。

「確かにな」

 朱雀も騰蛇同様に辺りを見渡す。

「一日歩き疲れておる。さぞ美味い酒になろう」

「違いない」

 乾杯の音頭の後、料理に舌鼓を打ちながら酒をあおる。

「我らだけで楽しむのは、申し訳ない気がするのう」

 手酌をしながら騰蛇は言った。

「いいんだよっ。あいつが居たんじゃ空気が悪くなる」

「ほんに、仲が悪のう」

 騰蛇は目をそらす朱雀へからかい半分で微笑んだ。

「しかし、出ぬな……」

 聞き耳を立てているが、鬼という言葉は耳に入ってこない。

「都には居らぬ。という事かのう」

 騰蛇は言いながら酒を一気に呑む。

「まだ来たばかりだ。通えば何か出てくるかもしれないぜ」

 頬がやや紅潮している。酒が回っているからか、気分は上々だ。

「毎日来るつもりかの?」

 どうやらここが気に入った様子。

「いいじゃねぇか。飯を食うなら楽しいほうがいいだろ? それに、多少の言い争いぐらいかき消してくれそうだしな」

 天空との事を言っている。

 それは確かに一理ある。騰蛇はこれまでのやり取りから思った。

「……あまり、飲みすぎるでないぞ」

 何本と酒を飲んだことか。いくらの大酒飲みでも、加減してもらわなければ。騰蛇は上機嫌の朱雀へ一言だけ注意を促す。

「大丈夫大丈夫」

 聞く耳持たず。

 呆れ顔で、騰蛇もまた杯を傾ける。

 そこへ、やけに大きな声と足音が近づいてくる。

「何や、騒々しいのう」

 廊下側へと視線を向けた時、千鳥足の人影がこちらへ倒れこんできた。

「悪りぃ悪りぃ、邪魔したな……あ」

 騰蛇はその男と目が合う。

 何とも奇遇な事に、倒れてきたのは昨晩の男であった。

「そなた……」

 男は何も言わずに立ち去ろうとするが、再び足が縺れ壁に頭をぶつける。

「ってて。あーくそっ飲みすぎた」

 頭をさする。

「歩く事もままならぬとは。道端で倒れかねぬのう」

「ほっとけ」

「何かあっては寝覚めが悪い」

 騰蛇は朱雀へ目配せをする。

 すると、仕方ない。という顔をして素早く勘定を済ませる。その後は、男の両腕を掴み引きずるように酒屋を出て行った。

「して、家はどのあたりかの?」

 すっかり酔いが回った男は、口では大丈夫だ離せと叫んでいるが、足には力が入っていない。両脇から騰蛇と朱雀が手を離せば、その場に崩れ落ちるだろう。

 酔っ払いの介抱とは難儀。

 騰蛇はそう心の中で口にしながらも、騒ぐ男から帰路を聞きだした。

 碁盤目状の造りから、迷うことなく屋敷へ連れ帰る事が出来た。

「立派な屋敷よ」

 男の身なりにはそぐわない屋敷門の前で、やっと両脇を解放される。

「ったく、お節介な事だ」

 門に手をつき寄りかかる。

「鏡月紋……」

 後ろで、朱雀が門の上を指差す。騰蛇は、その方向を見上げた。

 そこには、三日月が向か合わせで二つ重なる鏡月の家紋があった。それで、この男の昨晩の言動を理解する。

「…………帰んな。ここは、人の世だ」

 背中越しにそう言い放つと、男は門を開け中へ入って行った。

「帰れとは、あちらに。という意味であろうな」

「俺達が何者か。知ってるって口ぶりだな」

「そうであろう。この月影の紋。のう、水月(すいげつ)」

 騰蛇は懐かしい目をして、鏡月紋を見つめた。

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