八
氏を月影、名を水月。
才ある術者。
時は妖の蔓延る時代。人は、妖に怯えていた。
人に化ける狐や、人を食らう大蛇の種として蛇は忌み嫌われ、姿を見ようものなら敵意を向けられる。
水月との出会いは、そんな折であった。
蛇の姿を見た者は、殺意を持って襲いかかる。
深手を負ったところに、彼女は現れた。
人の子がの去った後。
彼女は言った。
『神に対する非礼、どうかお許しください。お怪我をお治しいたします故、お屋敷へお連れいたします』
屋敷に着くと、薬湯を用意してくれた。そして、彼女は言った。
『人に姿を見られてはならぬ。など、決まりがあるのでしょうね。斯様に美しい白い肌。二目の姿を拝見出来ぬのは残念です』
傷口を、優しく、彼女は薬湯で撫でてくれる。
元より、傷の治りは早い。
翌日には完治した姿に、水月は驚いていた。
そして、口を開く。
『神よ、この世は今妖に悩まされております。故に、不安からなる恐怖。あの様な目に合わせてしまい申し訳御座いません。どうか、此度の件。怒りならば私がお受けいたしましょう。何卒、あの者達をお許しいただきたい』
去り際まで、彼女は深く頭を下げたまま。
城へ戻った後。主へ一部始終を報告した。
『神の怒りを受けるとは、面白い女よ。だが、我が臣を救うてくれたのだ。礼をせねばならぬ』
騰蛇はそう言って、水月の元へ降りた。
そして、二目の姿を彼女の前で現した。
『なんと美しい姿』
ふっと、柔らかく微笑む。
『我は騰蛇。話は巳月より聞き入った。臣への手厚い介抱感謝致す。今宵は、何か礼をと思うて参った。そなたの願いを言うてみよ』
『私の願い?』
『うむ。謙遜せずとも良い。神の命を救うたのだ』
水月は、少々考えた後に言った。
『烏滸(おこ)がましいと、申されましょう。ですが、願いと言うなれば。私の式として、人々を苦しめる妖を共に退治して頂きたく存じます』
『ほう。面白い事を言う。十二天神が一騰蛇を、式神として使役すると申すか』
『はい。痴れ者と、お思いでしょう。私も十分承知した上で申しております。それ程までに、こちらは荒れているのです。蛇を見れば殺し、狐狩りも行われております。私の元には、その際に親を失った子狐も居ります。ですが、そうさせてしまう程に、妖。特に鬼の存在は大きく影を落としております』
水月は、切々と語った。
『ふむ。では、勝負いたそう。我を負かす事が出来れば、そなたの式となり、妖だろうが鬼だろうが、お相手致そう』
水月は騰蛇の申し出を受け入れた。
相手は神。
当然水月に勝ち目はない。
だが。
騰蛇は自ら負けを認めた。
勝負の中で見せた水月の内なる強さに惹かれたのだ。
『女子の割には、ようやるのう。それに、その目。気に入った。どれ、貴人の元へ連れていくぞ。我らの長へ会わせよう』
そうして、こちらに招かれた。
水月の思いに、六合は直ぐに賛同した。騰蛇を負かす相手なら申し分ないと、次いで朱雀も同意する。
水月の人となりに惹かれ、彼女は十二天神を式として使役する事を許された。
十二天神を得た彼女は、人々の為に悪事をはたらく妖を退治していった。
そして、いつしかその名は、鬼にも届く事となった。
そう、鬼に。
黒鬼。
この鬼は、恐ろしく強かった。
黒鬼との戦いの中で、水月は深手を負い、命を失った。
黒鬼と聞いて、一様に皆が顔色を変えるのは、この時に水月は黒鬼に命を奪われたからだ。
彼女は、自分の式となった我等を神としての敬いを持って接してくれていた。時には、叱られる事もあったが、人の世を憂いての事。
守りきれなかった悔しさ。
水月と過ごした尊い時間。
晴らしたかったのかもしれない。
水月(みずき)を救う事が、水月(すいげつ)への餞(はなむけ)のように。
全てを話し終えると、巳月は満月を見て微笑む。
「あの日も、満月だったな……あの時救われた命。お前のために使うと決めていた。だが、救えなかった……」
水月(すいげつ)への思いを聞き、水月(みずき)の胸は締め付けられる。
——私ではない。
救いたいのは、水月(すいげつ)。
苦しい。
胸に痛みが走り、息が出来ない。
気づけば、涙が溢れていた。
「水月(みずき)……」
巳月は、水月の震える肩を抱く。
――優しく、しないで下さい。
そう言いたいが、言葉が出ない。
この優しさは、私に向けられたものではない。
「水月(みずき)。もう少しだけ、こちらに留まってはくれないか? せめて鬼のない世へ返したい」
巳月の本音であったが、今の水月に声は届かない。
全てが水月(すいげつ)へ向けられている言葉だとしか思えない。
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