空への憧憬を。(二十歳になるにあたって。)

 むかしむかし、あるところに。

 調子に乗ってる、登山者がいました。

 彼女は、それでも登山者としてそれなりに優秀だったからか、それともわき目も振らず突っ走っていたからか、その歳にしてはそこそこ評価できる地点にいました。山の、そこそこ高い地点。

 でも、十九歳になったとき、調子に乗っていたから足をすべらせて――。

 丸くてぽっかりした、深い深い落とし穴に落っこちてしまったのです。


 ふしぎの国のアリスのように、落ちてゆく彼女。

 でも、辿り着いたのは、メルヘンなふしぎの国ではありませんでした。

 そこは、深海でした。

 光の届かない。

 呼吸のできない。

 なにかを言っても叫んでも、泡にしかならない。


 彼女は、もがきました。

 山に戻ろうと、いくどももがきました。

 でも、すべては無駄な努力に終わった。

 深海の水はあまりに重く暗く、彼女の身体を支配していた。


 彼女はすべてをあきらめかけ、胎児のようにくるまりました。

 こぽこぽ、こぽこぽ、とその口からなにか言葉の泡が生まれ出ます。

 地上に届け、と願いながら、彼女は言葉の泡を生みつづけます。


 届いていますか?


 ――おとぎ話は、いったん区切り。

 中途半端なところだけれど、ちょっとだけ、待ってください。

 いまから泡が、届くから。



 二十歳になりたくない。


 もうすぐ、私は二十歳だ。

 残された時間は、およそいちにち――。


 十九歳の一年間で、私がなにを楽しんだというだろう?

 答え。なにも、楽しんでいない。

 十九歳の一年間で、私がなにを成し遂げたというだろう?

 答え。なにも、成し遂げていない。

 十九歳の一年間で、私がなにを得たというだろう?

 答え。わからないけど、見当たらない――。


 十九歳って、もっと楽しい年だと思ってた。

 十八歳までが、すごく楽しかったから。

 このまま私の人生は、ずっとずっと上り坂なんだろうなって信じて疑わなかった。

 深い深い落とし穴が、あるとも知らずに。


 病気にはじまり、病気に終わった十九歳だった。

 病気っていうけど、自分でもよくわかっていない。ただ自分がちょっとおかしくなってることはわかる。その程度の認識。だからこわい。もっと把握したいのに、できない。もっと前向きになりたいのに、なれない。もっともっとやりたいのに、できない……。

 高校生のころの自分とまるで別人になってしまったみたい。

 あのころの、自信と強さがふたたび欲しい。


 私はもとに戻れないのか?



 おとぎ話に、戻ります。



 彼女は、それでも、山への夢を、いえ、その先にある空への夢をほんとうはあきらめていませんでした。

 いつか自分は飛べるのだと、心の底では信じてうたがっていませんでした。

 でも、不安になるときもあって――。

 だって、ここは闇の深海。

 喚いたって暴れたって、どうしようもないのです。

 空とも、一年近く会ってない。

 彼女はどんどん衰弱していきました。


 このままじゃいけないって、せつじつに思っていました。

 私は、飛ぶ人間なんだ。

 飛べる人間なんだ。

 かろうじて残った矜持だけが、彼女を根底で支えます。


 このままじゃ、いけない。

 私は、やらなきゃいけないひとだ。

 私は、やればできるひとだ!


 そして、いま――。

 泡はやっと、地上に届いたみたいです。


 彼女は地上を見上げ、手足を広げてみました。



 おとぎ話は、まだまだ続く。



 最近、ツイッター以外でひとに公開する文章を書いていなかった。

 それは、自信がなかったから。こわかったから。

 こうやって、公開する文章を書けただけでも、いまの私にとっては、大きな進歩だ。



 二十歳に、なるにあたって。

 こわいけど。二十歳、嫌だけど。こわいけど。

 二十歳に、なってしまうから。

 ……そろそろ、空への憧憬を取り戻そう。

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