酩酊、それは自失に非ず。

「おまえから文をとったとしたらただのニートだよな」


 ○○さんは、言った。

 ジャングルみたいに雨の香りが匂い立つ、夕方。私たちは、大宮ソニックシティという銀色的ビルディングのなかにあるタリーズコーヒーにいた。××と言えば高崎と○○の中間点で、つまり悲劇的にも距離を隔てて暮らしている私たちはよく待ち合わせにつかうのである。逢い引きか、と思ってきゅんきゅんするのはどうやら私だけらしいが。

 ○○さんというのは、中学時代に知り合った友人である。いやまあ友人と言ってしまうのにも私としてはちょっと違和感があるのだが、じゃあいったいなんなんだと聞かれるとそれはそれで少々ディープな話にもなりかねないので、いちおうは友人ということで正解としておこう。とにもかにくも六年間、微妙にも絶妙な関係を危ういバランスで保ち続けた唯一無二の相手である。

 そんな○○さんと、春になってはじめて会ったのである。赤いソファがふかふかな洋食レストランで近況報告をし合い、服や雑貨を見に行ってエッフェル塔にときめき、そして私たちはあのタリーズに向かったのであった。

 他愛もない話をした。具体的には、私の表情は二種類しかないとか私はバーバパパ並みに動いて挙動不審だとか私が超能力をつかってばーんとかそういう話である。

「おまえと話していると胃に穴が開きそうだ」「おまえの胃にまで侵食してる私たちの関係性っていいね!」「なにときめいてるんだよ!」そんな和やかな空気のなか、言ったのだ、○○さんは。

 おまえから文をとったとしたらただのニートだよな、と。


 確かに私は社会不適合者である。である、と言い切ると多少語弊があるか。いまは大学生なわけだしどうにかこうにかなんだかんだで。正確には、元社会不適合者兼社会不適合者予備軍、である。長いな。まあつまりは、社会不適合的性質を持ち合わせているのである。

 私はまったくこんなんでもうどうしようもねえな、と思うときもあるにはあるのだが、基本的にはそんな自分が嫌いではない。手に負えない話である。自分という酒に酔っている、とはよく言ったもので。

 しかし酔わなきゃ、生きていけないのだろうとも思うのだ。まったくもって陳腐なことで恐縮ではあるのだが、世界は醒めて生きるには辛過ぎる。酔って、酔って。面白がるしか、ないのであるもはや私には。そういうわけで、酔い始めてかれこれ数年。ごくまれにふとわれに返るときもあるが、まあだいたいにおいてはこんな感じで楽しく愉しくやっている。

 あ、だから私いつも酔ったみたいに喋るのかもしれないねえ。


 そして文というのは、私にとってその最たるしるしなのである。 

 書かなきゃ酔えない。酔わなきゃ書けない。酔うこととは即ち生きること。つまり書くということは、私にとって即ち生きることなのだ。

 書かなきゃ生きてけないのである。切実に。

 私が書くのを止めたとしたら、それはつまり酔いが醒めたということだ。生きる気力を失ったということだ。そりゃあ廃人にもなるだろう、きっとすべてのものごとが自分のなかを素通りするようなからっぽの人間になるんだろうなあってことくらいは見当がつく。

 つまりして、○○さんのあの言葉は、実に的確、言い得て妙なのである。さすがは○○さん。やっぱり凄いなあ、と私は心のなかで苦笑した。実に愉快な体験である。

 ○○さんと話すのは、最高に愉しい。私は彼女と自分を誇りに思った。なんて、こんなこと平気で言うから臆面ないって言われるのだけど。


 喉が痛くなるほどに笑い、いつものごとく拮抗し合った一日だった。

 この一日という酒を飲み、私は再び酔うこととしよう。

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