第1章 思い出話4

 隼人と会話を続けているうちに桜並木を通り過ぎ、昇降口にたどり着いた。まだ、着慣れない制服に身を包み、期待と不安に胸に膨らませながら教室に向かっていく。中学生とは違う少し大きめのブレザーに身を包んでいたため、とても気恥ずかしくもあった。


「よかったな。俺と同じクラスで。お前基本ぼーっとしてるからな。俺は心配で心配で。」


 昇降口に張り出されたクラス表で隼人と見事に一緒になったことがわかり、俺もうれしくなった。


「心配してくれてありがとな。俺はお前が騒がしくて仕方がない時もあるけどいつも助かってる。本当にいつも面倒見てくれてありがとな。」


 俺がお礼を言うと隼人は顔を赤らめて俺を小突いた。


「ばっかお前そんな恥ずかしいセリフよくさらっと言えるな。あとそんな当たり前のこと言うなよ。春樹の世話係は俺の役目だろ。なんだかんだ俺も春樹に助けてもらっているから気にすんな。」


 階段を上ると自分たちのクラスが見えてきた。お互いに笑い合って気恥ずかしくなりながらドアを開けると、たくさんのクラスメイトが座っていた。


 新しい生活がまた始まる…。


 また、前みたいに変なことを言っていると思われないように気を付けなくては。そう心に近い、また新しい生活への一歩を踏み出した。


 教室に入ると、ざわざわと話していたクラス中の女子の視線が一気に集まった。


 そして、口々に「きゃー!誰?」「かっこいい!」といつものように隼人を取り囲んでいった。


「お名前なんて言うんですか。」


「どこ中の出身なんですか。」


 いつものことながら女子のパワーはすごい。隼人は中学の時ももてていて、よく周りに女子を侍らせていた。中学入学した時も周りに女子だらけで、俺も話しかけるのに苦労した。


「ちょっと待って、順番にね。俺は一之瀬隼人です。よろしくね。南中出身で、こいつとは幼馴染。二宮春樹って言うんだ。こいつもまとめてよろしくね。」


 女子たちの黄色い声とともに教室に入っていくと、俺は居場所を見つけられずにとりあえず女子に囲まれている隼人の後ろからとぼとぼとついていくことにした。


 中学よりもすごいじゃないか。俺は紹介されたのに一瞬も見られていないなんていつも通りだな。逆に避けられてる気がするが。顔が怖いからか。


 少し、扱いに不服を感じながら、あの中に飛び込む勇気はなかったので、逆に話しかけられなくて安心した。


「あれ、葵じゃないか。」


「えっ。隼人君。この高校に入ったんだ。なんでもっと早く言ってくれなかったの。」


 囲まれていた女の子たちをかき分けて、眼鏡のどちらかと言うと地味でおとなしそうな雰囲気の女子生徒に向かって隼人は歩いて行った。


「聞かれなかっただろう。びっくりさせたくて。でも、さすがに同じクラスになるとは思ってなかったよ。また、よろしくな。」


 彼らはお互いに笑みをこぼしながら、とても親密そうに話をし始めた。隼人の周りを取り囲んでいた女子生徒たちも、あまりにも自然に話し始めた二人を見てぽかんとしていた。それは、彼女たちだけではなく、俺も例外ではなかった。今まで隼人のこんなに柔らかい表情を見たことがなかったので、呆然と立ち尽くしてしまった。


「春樹。何突っ立ってるんだ。ああ。葵とは初めて会ったんだっけか。紹介するよ。三井葵。俺のお隣さん。いいやつなんだ。仲良くしてやって。」


 三井さんはすっと立ち上がって俺に会釈をすると俺の顔を見てはにかんだ。その所作がとてもきれいで、笑われたはずなのに俺は見とれてしまった。それに、俺はあまり初対面の人には怖がられて避けられることが殆どなのだが、こんなに微笑みかけられたのは初めてだった。


「初めまして。と言っても、隼人君から春樹君の話は耳がタコになるぐらい聞いてるから、初めて会った気がしないな。これからよろしくね。」


 俺に笑いかけた彼女は、一瞬俺の後ろのほうをチラッと見て、そしてすぐに視線を俺に戻した。その顔は笑っているのにどこか不自然で、無理をして笑顔を作っているような気がした。ただ、会ったのは今日が初めてで、そのぎこちない笑顔の裏に何が隠されているのか、聞いてよいことなのか踏み込んでほしくないことなのか判断がつきかねて、ただ、一言「よろしく」と挨拶をした。

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