第1章 思い出話3
「春樹しつこいぞ。本気で怒るからな。それもこれも父さんのせいで…俺はもうそれを見たくないんだ。」
そう、中山君に言われても、どうしても納得できなかった。彼は帰りたがっている。中山君も大事にしてきた。だから、彼は帰りたいと僕に訴えてきた。そして悲しそうに泣いていた。中山君が嫌そうな顔をしていても全く動じず、俺はその場に足がくっついてしまったように動かなかった。
中山君もこんなに泣きそうな苦しそうな顔をしているのに。しかも見たくないのなら捨てればいいじゃないか。捨てないで茂みに置いてくるなんて今はどうかわからないけど、いつかは取りに帰ろうと思ったからじゃないのか。
そう思うと余計に中山君に筆箱を届けたい気持ちが強くなって、いつもは大人しい俺も一歩も引かなかった。
「・・・悪い。春樹。でも、そんな超能力みたいな力を持っているお前が悪い。そんなの人間じゃない。」
ぼそっと中山君は俺に誤り、俺の机に筆箱を押し込むと、くるっとみんなの方に向き直って大きな声をあげた。
「おーい。みんなー。春樹、超能力持ってるんだってー。近寄ったやつの考え全部見られちゃうぞー。」
俺は落し物の声は聞こえるが超能力は持っていない。中山君は何を言い出すんだ。
俺がその言葉に疑問を感じていると、彼が言葉を発した途端、彼の取り巻きやそうでない人たちも、視線をこちらに向け、一斉に俺をからかいだした。視線を集められることを得意としていなかったので、俺はその場で固まってしまった。
「おい。春樹。気持ち悪いな。俺の考えとかも見えんのか。こえーこえー。」
「ありえねーよ。目つきが悪いからその目で全部見えちまうのか。」
「自分は超能力者です。さあ、みなさん順番に並んでー。なんでも占いますよー。」
「あはははは。」
一気に俺を責め立てるように、クラス中に笑い声がこだました。その笑い声と反比例して鈴の音は小さくそして消えていった。
自分の力が、落とし物を探し当てられる力だと気づいてから、声が聞こえることに対してどこか自信と特別感を持っていたが、人と違うことはそんなにすごいことではないそう悟った。寧ろ、人と違う力を持っていることを話すのは笑いものの対象でしかないのだと。
実際、中山君にとっては迷惑で気持ち悪い対象にしかならなかった。そして、あの優しい中山君に人間じゃないと言わせてしまった。中山君の前で力のことを口走ってしまった自分が何よりも恥ずかしくて恥ずかしくて消えてなくなってしまいたいと思った。他にも上手く返せる方法があったかもしれないのに。
俺を笑う声が段々大きくなっていくに従い、見つけてほしくて声を発していた筆箱が反比例して自分の存在を打ち消すかのように段々小さくなっていった。その声を聴いていることが何よりも辛かった。俺に気を使ってくれているのか、それとも中山君の言葉が辛かったのか。もし後者だとしたら、持ち主の元に帰ることもなくそのまま裏山にいた方が幸せだったのか。俺が見つけてこないほうがよかったのか。自分ではその判断がつかなかった。
「そんなわけないだろう。人の考えなんてわかるもんか。僕は普通の人間だ。」
なるべく動揺を悟られないように、目つきの悪い目を使い見栄を切り、声を荒げずに言葉を発したが、自分の発言になぜか違和感が生まれた。一体どこで普通と判断できるのであろうか。人の考えが読める。それが普通じゃなく、落とし物の声が聞こえるのは普通なのか。それはどちらもきっと普通ではない。それは気が付いていた。それなのに自分の力を過信していたのか、すごい力だからみんなわかってくれるとかそんなことを考えてしまっていた。俺は普通じゃない。クラスメイトに嘲笑されて初めて気が付いたのだ。そして、そんな考えが血のようにめぐり、体は石のように固く息をすることさえも忘れていた時だった。
「おいおい、みんなやりすぎだぞ。春樹顔がヤクザみたいになっちまったよ。春樹、ごめんな。」
「えっ?」
中山くんは突然、俺の目の前で手を合わせて謝ってきた。
「俺も調子に乗りすぎたわ。春樹が俺の筆箱の場所がわかる。なんてこと言うからついからかってやったんだよ。春樹が教えてくれた場所には探しに行ったけど、筆箱はなかったんだ。大切なものだったからムキになっちまった。だから、そんなにいじめるなよ。みんなごめん。春樹本当にごめんな。」
そう言って、中山君は俺の肩をそっと叩いた。中山君は俺をいじめたかったわけではない。これ以上僕にしつこくされないように釘を刺したのだ。こんな変な力を持つ自分の一言よりも人に好かれていて人望も厚いリーダーの一言の方が影響力があるのだと。みんなに好かれるリーダーの一言で辺りは静まり、みんな次から次へと俺に謝ってきた。
「なんだよ。お前がそういうんなら悪いことしたな。大丈夫か。」
「本当だ。お前ただでさえ怖い顔なんだから睨むなよ。ごめんな。春樹。」
それだけ言い終えると、みんな自分の元から去っていき、そして何事もなかったかのように、日常が流れ出したのだ。
結局筆箱を返すことはできず、森に彼を置いてくることにした。もう、彼の声を聴くことはできなくなっていた。
森に置いておけばもしかしたら考え直した中山君が取りに来てくれるかもしれない。俺に言われたから余計に受け取りづらくなったのかもしれない。だから、同じところに置いておこう。
そう思い、俺は中山君の筆箱を元の茂みに戻した。そして、彼に必死に謝ったのだった。
「本当にごめんな。ひどい言葉とか聞かせちゃったよね。きっと中山君も本当はそんなこと思ってないと思うよ。何か理由があって、君を手放さなくちゃならなくなったんだ。本当にごめん。余計な事してごめん。傷つけてごめん。」
そうつぶやくと、なぜか涙が止まらなくなっていた。自分の無力さに。こんな力があるのに何の役にも立たない自分に。
視界がぼやけた目を開けてみると、ぼんやりと彼が光り始めて今度は小さな男の子が見えた。
「そんなことなかったよ。届けてくれてありがとう。最後に彼の姿を見ることができてうれしかった。」
微かな声で彼が話すのを聞いた。今まで声と言っても鈴の音しか聞こえなかったのに、本物の声が聞こえたことに驚いてすぐに目をこすり、目を開けると、普通の筆箱に戻っていた。
そんなことがあったからか、彼が心配で何度も森に見に行くことになったが、彼はいつの間にかいなくなっていたのだ。しばらくは、森の中を探しては見たが、見つかることはなかった。
もしかしたら中山君が持って行ってくれたのかもしれない。
その後、中山君は家の都合で転校することになったが、筆箱を使う中山君を見ることはなかった。お別れをする直前まで、お互いに気まずくなって筆箱のことを話すことはなかった。だから、その後筆箱がどうなったのか俺は知らない。
それからというもの俺は落とし物の声が聞こえるなんてことは人前では絶対口が裂けても言わなくなった。
そして、落とし物の声が聞こえても交番に届けることをしなくなった。
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