第1章 思い出話2
小学校4年生のとき、クラスでリーダーの中山君が大切にしていた筆箱がなくなった。
単身赴任をしているお父さんに入学祝で名前入りの筆箱を買ってもらったのだと入学当初はとても自慢げに話していた。その筆箱を見せてもらった時とてもきれいな声が聞こえてきたのでとても大切にされているものなんだと幼いながらに思った。その筆箱は小学校の入学祝にしては大人びたもので、キャラクターが入っているわけではなく、筒状で皮でできている大人でも持てるような小ぶりの赤い筆箱だった。名前もわきの方に筆記体で、尚且つフルネームで書かれていた。
そんなこともあって、小学生にしては目立つものだったのですぐに見つかるとみんな思っていたが、学校の中ではいくら探しても筆箱は見つからず、一週間がたってしまったという。
「あの筆箱かなり大事にしていたよな。」
「しょうがねーよ。なくなったもんは。父さんには悪いけど、新しいものを買ってもらうしかないな。」
ふと、そんな会話を耳にし、自分も人の役に立てればと、筆箱を探した。中山君は本当にいいやつで誰とでも分け隔てなく接することができるみんなのリーダーだった。ぼーっとしていて大人しい俺にもことあるごとに話しかけてくれたり、よく眠っている俺のために答えを教えてくれていた。幼かった俺はそんな中山君の役に立ちたいと本気で思った。
学校の中はもちろんのこと、町の中を一生懸命探したが筆箱はなかなか見つからなかった。常に色んな落とし物の声が聞こえてくるので、筆箱の声かどうか判別できるわけでもなかったため、筆箱を探し出すのはかなり難しかった。
今まで自分の力がとてもすごいものだと自分では思っていたが、実はそんなに役に立てるものじゃないのかと落ち込んでしまった。
放課後を返上して彼を探していたので、友達と中々遊びに行くことが出来なかった。二週間ぶりぐらいに友達と昆虫採集に出かけた時だった。学校の裏手にある森に行った時、微かだが鈴の音が聞こえてきた。木々をかき分けて行くとそこには筆箱が落ちていた。中々見つからなかった筆箱が見つかったうれしさと、明日、中山君に筆箱を届けたらどんな顔をするか、楽しみで仕方なかった。鈴の音も何だか嬉しそうに聞こえた。
次の日、中山君に筆箱を渡すと、予想外の言葉を投げつけられた。
「どうやってこれを見つけてきたんだよ。もうこんなものいらないのに。」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「どうして。大切にしてたじゃないか。彼も君の元に帰りたがっていたんだ。」
「は?何言ってるんだよ。もう、そんなもの持ってられるか。せっかく、裏山の茂みに置いてきたのに。余計なことするなよ。」
「なんでそんなこと・・・。じゃあ、みんなに無くなったって言ったのも嘘だったのか。でも、彼は帰りたいって泣いていたんだ。君が大事にしていたものだろう。彼が泣いて場所を教えてくれたのは君がとても大事にしていたからだ。」
「大体お前気持ち悪いぞ。さっきから泣いてたってなんだよ。とにかく、俺はいらないんだ。そんなもの裏山に置いて来いよ。」
「そんなわけには・・・。」
筆箱の声が段々小さくなり悲しそうに響くのでこのままにしておくのは本当に嫌だった。誰も悲しんで欲しくなかった。それが無機質な物であっても、彼らに感情はあるのだ。そんな彼らの声が聞こえるのにこのままにするのは申し訳ないと思った。中山君も拒んではいるが歯を食いしばり、苦し気な表情をしているように見えて、どうしても彼に返してあげたかった。しかし、中山君は考えを変えることはなかった。特に頭もよくなく、語彙力のあるわけじゃない俺は適当な言葉が浮かばず、筆箱を差し出したまま固まってしまった。
差し出す腕に力を込めてこれで思いが届けばいい。そう思いながら。
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