【To the next stage】23th Track:わがみひとつの
――楼雀組、邸宅。
「あのさ、京介さん。伊織はどこにいるか知ってる?」
「アイツ……また帰ってこないのかよ」
時刻は既に二十時を過ぎており、バンドコンテスト開始から二時間経過していた。伊織の母であるひのは、右から左に聞いたことが抜けていく性格らしく、伊織が今日バンドコンテストに参加するということを、全く覚えていなかった。今日も厳しく当たろうと襷(たすき)を締め直していた時だった。
「お嬢!」
「ああ?なんだよ。藪から棒に!」
「あっし、聞いてたんですわ。今日、若は大事なバンドコンテストに参加するって言ってやしたよね?」
「あっ……そう言えば」
「おい、ひの。お前はいつも大事なことを俺に話さねぇよなぁ?これでも俺は子煩悩なんだぞ?息子の晴れ姿を見たくない親がどこにいるよ?」
「ゴメン!!キョウちゃん!!今度、猫カフェ連れてくから!!だから許して欲しい!!」
しばらく考えた後、京介は恥ずかしそうに言った。
「手を打とうじゃないか。で?会場は?」
「鏑木工業大学。ただ……言いにくいんだけれど、夕方六時から、既に始まってるんだよ。コンテスト……」
「早く言えぇえええ!!このバカ嫁!!」
「だから言ったじゃないか!このバカ旦那!!」
「喧嘩してないで、さっさと向かったらどうですか?もしかしたら、もしかして間に合うかも……」
「おい、飛ばすぞ!運転しろ」
「へ、へぇ……『夫婦喧嘩は犬も食わぬ』とはこのことか」
「あ゛あ゛ん?何か言った?」
「いえ、何も言ってません!!オジョー!!勘弁してぇええ!!」
**
――鏑木工業大学。
そして、中止にするか否かは、会場の人の減りで判断することになったのだが、二十一時が本来の終了予定だった為に、残す所あと三十分まで迫っていた。そんな中、「Aqua/typeζ」の開発者である久保田つぐみが某SNSの発信元と、IDを調べていると、「図らずも小雨」のメンバーと関係性があることに気付き始めた。
「『くりようかん』ってアカウントから拡散されているのだけれど、載っている写真が栗花落ちゃんと一緒なんだよねぇ。サブアカウントの可能性も否定出来ないし……教授、どう思います?」
「うん。僕は黒だと思うよ。『栗花落』っていうのは、雨の名前なんだけれど、栗の花が咲き始める頃に降る梅雨のことなんだよね。栗花落ちゃんは、多分栗に思い入れが強い人物だと、僕は思う。運営側としては無視できないし、情報をもう少し洗ってみようか」
**
「おい、ひの!着いたぞ!」
「んああ?」
黒塗りの高級車が鏑木工業大学の中に入り、ひときわ明るい建物に向かって、ひのと京介は歩いていた。扉を押し開けると、むすっとした観客の表情と「飛び交う楼雀組に対する文句」を言われ、足が震えそうな状態でステージに立っている「ワカバノアオハル」の四人がいるではないか。
浴びせられる罵声と冷たい視線。どうして、「自分の息子」と「お得意さんの娘」がこんな醜態に晒されなければならないのか。と京介は感じ、ひのは「恋敵の息子」と「息子の数少ない女友達」が怯えながら立っているのを見て、怒りが込み上げてきた。
そんな中で状況を察したのは、ひのだった。
「お嬢、あっしもインターネットは詳しくないのですがね、何と言いますか、若のやってるバンドに、うちの組が関わってると変な噂が付いて、若達は怯えてるんですわ」
「そっか。アンタも……そうだったのか」
ひのも自分が若い頃に「楼雀組の娘」であることに苦しんでいて、京介に養子に来てもらった。そんなことすっかり忘れており、自分がいずれ息子に「カシラとしての権力を明け渡すこと」を覚悟していた。
しかし、少しずつ反抗期を見せて、自分の道に進んで欲しい。そう願って、息子を突き放したあの日。後悔したのは、紛れもない自分だった。けれど今は、「楼雀組とは無関係な」自分の息子が目の前で苦しんでいる。そう思って酷く苛立っていた。
司会の大沢木が進行を諦めて、「ワカバノアオハル」をステージから去らせようとした時だった。ひのは叫んでいた。
「伊織!藍呉!紫吹!志乃吹!アンタらはね、うちの組とは無関係だから!!好きなように生きなさい!!紫吹!アンタが失敗したら壽(ことぶき)さんに言いつけるからね!!」
「はい!」×4
そして、四人は和楽器を手に取ると、狛犬(伊織)が言った。
「俺らは今日まで、色んな人に支えられてきました。辛くなかったこともなかったわけじゃないし、何度も何度も壁にぶち当たって、乗り越えてきた。今だって立ってるのも必死かも知れない。でも全力で生きているから、後悔なんて出来ないんです。俺らは、どんなに反対されても最後まで演奏しきります!聴いて下さい。『涙雨に競り立つ、戦乙女』!」
会場が静かな空気に包まれた。布を取ると現れた和楽器の数々。特に和太鼓が目を見張るが、それも見越して「ζ(ゼータ)」が初めて役に立った。とつぐみは頷いていた。
「くれない」が得意とする三味線の素早い引き語り。そして、「いろは」の鮮やかな篠笛(しのぶえ)を軸にし、「三ツ葉」の和太鼓の力強い重厚な音が底力で押し上げる。それを力強くまとめ上げるのがボーカㇽの「狛犬」。今まで勉強してきた詩吟の伸びのいい声が綺麗に会場に響き渡る。
両親だけでなく、心を奪われたのは罵倒を浴びせていた観客達だった。喧嘩ばかりしていた四人が、こんなに調和して演奏できるとは。気持ちがいい。誰もがそう思っていた――。
**
「これにて、全ての審査は終了しました!お荷物のお忘れのないよう、お帰り下さい」
司会の大沢木がバンドコンテストを閉め、肩を落とす「ワカバノアオハル」。
「優勝逃したな。『月からの使者』が一位だったとはなぁ」
「まさか、あの場面でお前の両親が来ると思わなかったよ!」
「でも、そのお陰で助かったじゃない。結果的に良かったのでは?」
色々と話が弾む。すると、つぐみと作家の「ジャンヌ・ダ・ショコラ」が四人のもとに息を切らしながら走ってきた。
「君ら、まだ時間はある?」
つぐみが言う。
「え?ああ。どうしたの?」
「んとね。なんて言ったら良いんだろ。『図らずも小雨』は色々とうちの方で情報把握して、大手レーベル『エレクトリカル』との契約は当面無効と言うことになったから!」
「ええ?それって……」
「そう。CDを出すには自費出版しなきゃいけないし、メジャーデビューも難しいかもね。会場では実質二位だったんだけれど、点数が出る前に会場が荒れたでしょ?それで、ちょっと出来すぎた話ではあるんだけど……そう言うことなんだ。私、勘だけは鋭くてねぇ」
舌を出して笑うつぐみ。後ろには審査員を務めていた霧生 達臣が居て、つぐみを小突いていた。
「あの場面で持ち直す君らの底力を魅せられたよ。今すぐに契約したい所だけど、世間的に炎上しているし、腕を磨いて欲しい。だから……三年間、成人するまで頑張って修行してくれ!」
「いやいやいや、滅相もないです。俺らなんて大したことないし……」
「自分を卑下することはないんだよ。伊織くん。信じてあげないと」
「ジャンヌ・ダ・ショコラさん……」
「カジメグでいいよ。気軽に呼んで。誰だっていきなりは上手くいかないよ。でもさ、私は、あの頃を思い出したんだ。辛くて泣きたい時に空を見上げてた。まさか、その歌詞を君らが歌ってくれるなんてね。あ、ご飯行こうか!ちょっと遅いけどお腹空いたでしょ?」
「行きます!!ゴチになります!!」
**
心に残る演奏を残し、すっかりと人々が忘れ去った頃を見計らって修行を重ねよう。あの時は良かったと思う雪の日の夜を思い出そう。どんな苦汁も辛酸も、仲間と分かち合えれば怖くないって思ってる。また思い出すんだろうか。アタイ達は絶対に忘れない。傷だらけでも、何でもできるって信じてるから!
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