【To the next stage】22th Track:あらしといふらむ

 「ところでさ、アタイが離れている間にやってた『鋼の肉塊』ってどんな連中なんだ?」

 「そうだなぁ、強いて言うならば『愛すべきヲタ』って奴だ。話によると、ボーカルの『セアブラ・マシマシ』が体重110キロの巨漢。対するギターの『ニンニク・バリカタ』がひょろひょろ眼鏡で体重は60キロ切っているとか」

 「そうそう。インパクトがすごいのなんの。なんか西の方面の地域から来たらしくてさ、『恋する武将は豚骨ラーメンがお好き』って、よく分からん曲を恥じらいもなくキレッキレのダンスで踊りながら歌ってたぞ」

 「理解不能でしたけど……ファンがいましたわね。なんというか、そっち方面の」

 「あ、なんかQ tubeにも上がってたぞ。くれない、見るか?」

「お、おお。怖いなぁ」

 

 **

「恋する武将は豚骨ラーメンがお好き」

 ハートにがっつり、ずっきゅん、ばっきゅん

 可愛いあの子にばっきゅん、ぞっこん

 (えー?今日も嬢ちゃん、老舗のラーメン店に行ってるんですか?なんかぁ、話によるとぉ……島津 義弘がお好きなんだってぇぇえええ?)


 イェア!そうさおいどん、九州男児。

 愛する故郷はヲタク街、男を立てろ、女に付かせろ、そんな面倒、オッサラバイバイ

 故郷のらあめん、バリカタマシマシ

 トッピングゥは、セアブラマシマシ


 ニンニクちょと入れ、ああ臭い(いや~ん)

 ツンデレネコナデ、可愛いねぇ、アッソレ!

 素直になれないお年頃、ソイヤッサ!

 

**

 動画を見終わったくれない(紫吹)は絶句していた。何と言うかリズム感がめちゃくちゃよくて、乗ってしまいそうな雰囲気なのだけど、何よりもファッションセンス。痛々しいTシャツを身に着けた二人が踊っているだけでなく、動画編集もめちゃくちゃ凝っていたからだ。再生数もかなりの数をカウントしていたが、どうしてなのか「自分には受け入れられない世界があるらしい」と頭の中にいくつも疑問符を浮かべながら硬直していた。

 「おい、くれない(紫吹)が石化してるぞ、誰か声かけてやれよ!」

 「狛犬(伊織)さん、優しくお願いしますね」

 「……へんじがない。どうやらしかばねのようだ」

 「あほう!生きてるわ!」

 「元気そうで何よりです。くれないさん」


 **

 「さあさぁ、白熱してきましたスノゥウウウウナイッツ!!達臣さん、今回の異色のバンドメンバーは本当に嬉しい収穫ではないでしょうか?」

 「そうですねぇ。近年、自分を押し殺して社会に馴染めない若者が多い中で、私自身、若さを爆発させてほしいと心から願っております。失敗しても成功しても、今後の糧につながる訳ですから」

 「ありがとうございますッ!それでは、期待のルーキーズ、『図らずも小雨』に登場して頂きましょうッ!」

 女性を中心とした黄色い声援と共に投げキッスをするボーカルの「栗花落(ついり)」。男性に人気なのは「氷雨(ひさめ)」。そしてミステリアスな男装女子の「天泣(てんきゅう)」。いつもは明るめな曲などをチョイスするのだが、今日は「パンプキング・ダンシング」と言う新曲を披露したいとのこと。


 **

 「Pumpking Dancing」

 ボクタチハ、Pumpking!

 フナゾコノ、Shanksong!

 オカシクレnight Cooking!!

 コワソウカ? Broken?


 あぁ、闇が空を覆う!あぁ、僕達は今そこに

 あぁ、それどころか僕らは……

 そうさ、何者にもなれない成れの果てのPumpking…(キャー!)

 

 ユメミセテ、Show time?

 イタズラナ、Thinging?

 ネムラセテ、To night?

 イジワルナ、Suspense!

 ゴワゴワナ、ticking?

 ※サビ繰り返し


 **

 「これは、あれだな。ラップ調で韻を踏みつつも、ちょっと怖めの曲で攻めてる。しかも曲に無駄がないというか、ちょっと中毒性があるよなぁ」

 「歌いたくなりますよね。ホントに。意味的にはよろしくないと思いますけれど」

 三ツ葉(藍呉)といろは(志乃吹)が舌を巻きそうになる歌を歌いまくる栗花落に対し、息を吞んで驚いていた。自分らもそれなりに詩文を学んできた方ではあるのだけれど、ちょっとレベルが違いすぎて驚いていた。


 一曲歌い終えて栗花落は歓声に酔いしれていた。氷雨もにっこりと微笑みながら手を振っており、二人を舞台から撤退させるように、天泣が恥ずかしそうに服を引っ張って退場していった。


 **

 「あぁん!もう、いいところだったのにぃ」

 「氷雨、お前はもう少し……恥じらいを……持った方がいい」

 「だぁってぇ、歓声が気持ちいいんだもの!!」

 「それはそうと、お前らまた……何か企んでないか?」

 「べっつにぃ」

 顔を見合わせて笑う栗花落と氷雨。そして、点数が集計され始めた。だが、集計の最中に会場から人が帰り始める。不穏な空気が会場に流れ始めていた。

 

 **

 「次、演奏する『ワカバノアオハルのボーカル』がヤクザの息子なんだってよ。どうせ、覚せい剤とか打ってるんだろ?」

 「和楽器を使う珍しいバンドだったから、なーんかがっかりした。……帰ろ帰ろ」

その様子を見て焦りを隠せないMCの大沢木。マイクを片手に焦りながら言った。

 「会場の皆さぁん!!最後の曲が残っています!!帰らないでくださぁい!!」


 しばらくの沈黙。しかし、水を打ったように観客の男が言った。

 「うるせぇよ!!『楼雀組(ろうざくぐみ)』だか何だか知らないけどよ、聞いてられっか!金の取り立てもうちに来てるし、そいつの声も聴きたくねーんだよ!!さっさと帰らせろ!!」

 ブーイングと投げつけられる空き缶。ステージはもう大荒れに荒れて、見るに堪えない状態になっていた。その情報の発信元が誰なのか分からなかったのだが、「Snow NightのSNS公式アカウント」に「ハッシュタグ」をつけて、誰かが「ワカバノアオハルのボーカルは、楼雀組と言う暴力団の息子である」と拡散したらしく、彼らが演奏する前に炎上していた。いろは(志乃吹)が気づいたのは拡散された後だった。

 「かーえーれ!かーえーれ!」

 「みなさん!!お静かに!!集計もまだ終わってませんし、次の演奏がまだ……」

 「かーえーれ!かーえーれ!」


 **

 舞台袖でくれない(紫吹)は、イライラしながら言った。

 「『寂しい奴らで群れて何が出来るんだよ!!いい加減、目を覚ませよ!』」

 それは、諦めにも似た悔しい気持ちであり、実力を出し切れずに不戦敗を突きつけられたような気持ちだった。一番は狛犬(伊織)を傷つけていることもお構いなしに、何度も何度も壁を殴って苛立っていた。

 「キャハッ、上手くいったみたいね」

 「テメェらのしわざかよ……」

 三ツ葉(藍呉)が殴りかかりたくなる気持ちを抑えて、栗花落と氷雨を見ていた。

 「そう。僕らがやったんだよ」

 「どうしてこんなことをするんだ!!一番傷ついてんのはこま……伊織自身だって分かれよ!!ヤクザの息子ぉ?そんなんな、あいつが一番なりたくなかったんだよ!」

 「三ツ葉(藍呉)、ごめん。アタイ……」

 「俺はな、アイツとガキの頃から付き合ってきたんだよ!だから分かる。テメェの親が敷いたレールにそのまま載せられて、堅気にもなれずに悪ぶって生きなければならねぇ子どもの気持ちが分かるか?クソアマには分かんねぇだろうよ、このゴスロリ娘がよ!」

 「ここにいる連中がどんな覚悟を持って来たか。それを家庭事情とか、つまんねぇ理由で引っ搔き回されて、むなっくそわりぃ。くそ、ちょっと……運営に交渉してくるわ」

 三ツ葉(藍呉)がイライラしながら、運営事務所に向かい、冷静になっていない彼をいろは(志乃吹)が追うように後からついていった。

 その場に残されたのは、栗花落と氷雨、狛犬(伊織)とくれない(紫吹)。四人は睨み合って火花を散らしていた。


 **

 「さて、どうします?達臣さん」

 「これで折れるようじゃ、この芸能界の荒波は乗り切れないだろうね。そうだろ?『ジャンヌ・ダ・ショコラ』さん」

 「私は彼らを信じています。だから、スタッフの皆さんは出来るだけ、会場からお客様が去らないように手配してくれませんか?」

 「分かりました……あ、私が冷静に見えるのは、単純にキャラですからね?」

 「いいからさっさと行ってください!」


 **

しばらくの沈黙の後、栗花落は口を開いた。

 「僕はな、アンタが追い込んだ『kent(ケント)』の妹なんだよ!一人でも敵が減ればいいと思ってたがな、アンタらが兄貴を追い込んだって僕は思ってるよ!浅葱 伊織(あさぎ いおり)!」

 それはあまりにも自己中心的な言いがかりだった。

 「氷雨、話してやれよ。どうやってこいつの情報を掴んだんだっけ?」

 「ふふっ、それはね。あの夜にケントさんに『誘拐された女性の被害者のひとり』になりすましていたのよ。私。あの人が逮捕されると思わなかったのだけれど、私は伊織くんがこうして舞台に出てくることが本当に嫌で、嫌で、憎たらしいから、弱みを握ろうとケントさんと打合せして、被害者側に加担したのよねぇ……あの時は疲れたなぁ」

 わざとらしく溜め息を吐く氷雨。二人は絶句して何も言えなかった。もしかしたら、この女達は数ヶ月前から自分を貶める為に動いていたのかも知れない。そう思うと酷い吐き気がした。

 「実はね、優勝なんて決まってるし、私達は別に点数なんてどうでもいいの」

 「それよりも、アンタ達が怯える顔が見たかっただけなんだ。ゴメンねぇ。それじゃ」

 皮肉を言うだけ言うと、二人は去って行った。笑いながら「こんなに効果が出るとは思わなかったよねぇ」と聞こえてきた。

 ただ、殴りかかりたい気持ちも、立ち直る勇気も残されていなかった。「せっかくここまで来たのに……。俺がヤクザの息子だったから」。伊織は自分を酷く責め続けていた。会場の進行は一時中断され、緊迫した空気が張り詰めていた――。

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