【To the next stage】21th Track:まちいでつるかな

 

 初陣を飾るのはインパクトだと、誰もがそう思った。円形のステージの中央に異様な格好の姿の四人。スポットライトが当てられるまではその被り物は見えないが、ステージの床にはくっきりと月面を映し出し、バックには青い地球の模様が映し出される。宇宙のような月面のようなそんな感じ。

 静かなイントロとともに、「Ah(あぁ)」と言うボーカルの静かなイントロ。そしてバンドメンバーが眩い光に包まれた。どうやら女性の声のようだが、顔が見えない。


 観客が息を呑んで見守っていると、その被り物は「兎(うさぎ)」であることが判明した。彼らの名前は「月からの使者」。ボーカリストの「月兎(げっと)」、ギターの「二兎(にと)」、ベースの「脱兎(だっと)」、ドラムの「黒兎(こくと)」。この四人が構成メンバーである。いきなり大番狂わせなメンバーをぶち込んで来た運営陣に高校生たちは戦慄していた。

 殆どの歌詞が洋楽で聞き取れなかったのだが、流暢(りゅうちょう)な英語を話しつつも素性を明かさない彼らに困惑を隠し切れない参加者達。海外のバンドを意識しているのか、プロ意識の高さに驚いていた。被り物の下にマイクを差し入れているようで、声量が布で搔き消されないようにかなり声を張って歌っているようだ。


 **

 「くっ、僕らより目立つなんてなんて。悔しいけれど腕は認めてやるよ。ただそんな恰好は所詮、誰かさんの二番煎じだぜ?奇をてらっているようだが、足元を掬われないようにせいぜい祈っとくことだな」

 「きゃはっ、舐めてかからないほうがいいわ。まぁ、私達の敵ではないですけどね」

 嫉妬心をむき出しにする「図らずも小雨」達。ボーカルの栗花落は特に自分に出来ない英語での歌詞に歯噛みしていた。だが、若干早口でリズムが乗り切れていないのがバンドの欠点だった。ボーカルが目立ちすぎて、楽器がくすんで見えてしまうのだ。

 「くっはーっ、やられたでごわすな。だが、ちょっとボーカルが悪目立ちしてるようにも見えてしまう」

 「ドゥフフ、そうでやんす。綺麗な声と周りの楽器が調和出来ていない粗削りな感じがよく見えているでやんす」

 敬意を表しつつ、自分のモチベーションを上げて、全力を出し切ろうと意気込む者達もいた。そして「ワカバノアオハル」はと言うと……。


 「やべぇよ。予習してこなかったよな。俺ら。あんなレベルの違い見せつけられるとちょっと自信無くすわ」

 「あのボーカル、帰国子女じゃないよな?あんなにペラペラ、英語の歌詞を話せるなんて聞いてねえし」

 「『Don't forget me, don't let me go.(私を忘れないで、私を離さないで)』と繰り返してるんですよ、この歌詞。サビがとても綺麗ですよね、ホントに」

 「いろは(志乃吹)、お前分かるのか?この歌詞」

 「ええ、まぁ一応は。ただ、英語の歌詞をリズミカルに楽曲にアレンジするなんて尊敬しますよね」


 **

 「凍てつく寒空の下で」

 Ah, on a night when the moon is so beautiful

 (あぁ、こんなに月が綺麗な夜に)

 Ah, the light cuts through the darkness

 (あぁ、光が闇を切り裂く)

 The sound of the bell of the silver clock, the high ringing of the heart,

 For the farewell that is approaching every moment

 (銀時計の鐘の音が、心臓の高鳴りが、刻一刻と迫る別れに)

  To freeze the heart

 (心臓を凍てつかせるように

  Don't forget me, don't let me go

 The touching hand, the warmth,

 (私を忘れないで、私を離さないで

 その触れる手、そのぬくもりに、)

 I'm sure you will come to see me

 Because I believe ….

 (きっとあなたは、会いに来てくれる

 信じているから……

 Repeated encounters and farewells,

 I think I've become stronger by the number of scratches

 (出会いと別れを繰り返し、

 その傷の数だけ強くなったつもりでいる)

 However, such pride of oneself pierces the heart….

 (ただそんな自分の慢心が、

 心を突き刺すように抉る……。)

  I want you to help me now!…Ah

 (私を今すぐ助けて欲しい!……あぁ)


 **

 一曲歌い終わって、静かに拍手と歓声が沸き上がった。だが、落ち着いてもいられない。先陣を切ったからには、後続の点数に抜かれぬようにひやひやしながら祈るのがどの勝負事にもあるのだから。MCの声が会場に響いた。

 「エックッセレンッツ!!すンばらしいですねぇ!その流暢な英語はどこで覚えたのですか?」

  「…………」

 「あっ、失敬。私としたことが、この方達は(設定上)宇宙人と言うお話らしいんですよねぇ。タッハア……」


 そして、審査に入り、精密採点が集計される中で、審査員を務める作曲家の「霧生 達臣(きりう たつおみ)」からのコメントが入った。

 「うん、若くて歌詞も素晴らしいんだけれど、ちょっとボーカルと楽器の調和が取れていないねぇ。日本人向けに、もう少し歌詞もアレンジを加えたほうがいいかも。僕は好きなんだけれど、ちょっと難しいかなぁ」

 「ハイっ!ここで『ゼータ』の審査点が入りました!驚きの98.7点!この点数は歴代最高点では無いでしょうか?走り抜けて欲しいものです!!」

 会場にどよめきと拍手が巻き起こった。出だしは好調でこれを抜ける人物がいるとは思えない。くれない(紫吹)は青ざめて、トイレで顔を洗いに行った。

 「やべぇよ、俺らとんでもないところに来ちまったな。付け焼刃で勝てるとは思えないぞ、この大会」

 「ベストを尽くそう。ただ、最下位だけは避けたいよなぁ……」

 「あれ?しぶしぶは?」

 「トイレだって」


 **

 くれない(紫吹)は、頭がぐわんぐわんと揺さぶられる感覚を覚えながら立っているのがやっとだった。何故なら緊張感で吐き気がしそうだったからだ。それと、自分のスマホに「父親からの着信」が何件も入っていたことに、気が付き、鏡の前で頭を抱えて悩んでいた。

 「ちきしょう!あのクソ親父、こんな大事な時に電話よこしやがって!説得しても聞く耳持たなかったから、家を出てきたのが悪かったのか?」

 握った拳で鏡を割りそうになり、ぐっと唇をかみ殺すくれない(紫吹)。自分の足元に茨のツタがまとわりついて離さないように重く息苦しい感覚を覚えて、吐き気を催した。

 「おぇえええ……」

 「あっ、あなた!顔が真っ青だわ!大丈夫?!」

 真っ青な顔を見て、心配そうに駆け寄ったのは会場に来ていた、作家の「ジャンヌ・ダ・ショコラ」だった。自分もこんな風に「吐き気を催して沢山の敵と闘ってきた」その境遇が自分と重なって、余計に見捨てられなかったのかもしれないけれど、背中を擦って、胃の中が空っぽになるまで吐かせ、ベンチに座らせて、水を飲ませてあげた。


 「わりぃ、お姉さん。見苦しいとこ見せちまって」

 「あなたは何と闘っているの?……って言っても分からないでしょうけれど、私もかつて沢山の人を斬り殺して、死にそうな思いをしたことがあったのよね」

 「へっ?!」

 「あ、ごめんごめん!言っても信じないよね!聞かなかったことにして欲しい……」

 立ち去ろうとする「ジャンヌ・ダ・ショコラ」の手をくれない(紫吹)は無理やり引き止めて言った。

 「待って!信じるから!びっくりしただけだから!」

 「あなたみたいな人は初めてかもね。名前は?」

 「紫吹(しぶき)。あ、でもバンド上の名前では『くれない』って名乗ってる」

 「私は作家の『ジャンヌ・ダ・ショコラ』。今は結婚して、名前が変わって『桐原』って名前なのだけれど、昔は『梶原 愛(かじわら めぐみ)』って名前で、『カジメグ』って愛称で色んな人から呼ばれてたのよ……懐かしいなぁ」

 「カジメグ……」

 「そう、カジメグ。『戦乙女カジメグは、異世界で四人の王と強大な悪魔を刺し殺し、その浄化の為に命を捧げた……』って話があってね、信じてもらえないでしょうけれど、かつてあなたの年頃の私は、全く知らない世界に投げ込まれて、何度も何度も死にそうになって、殺されかけて、膝を打ち叩いて、泥だらけになりながら、沢山の悪と闘ってきたのよ」

 「で?どうしてそんな風に強くなれたんだ?」

 「ううん、私はただ普通の女子高生だった。弓道は習っていた程度だったけれど、最終的に信じてくれる仲間がいてくれたのが心強かったのよ。『私が死んだとしても、この人達は忘れないでいてくれる』って信じてたから。だから一生懸命に守ろうとして闘ってきたのかも知れない。……って言っても夢物語なんだけどね」

 少女のように笑う「ジャンヌ・ダ・ショコラ」。しかし、その話を嘘とは言うには現実味を帯びすぎていて、くれない(紫吹)は否定することが出来なかった。

 「あのさ、一つ聞いてもらってもいいか?」

 「うん、気が済むまで話して」

 「アタイには死ぬほど憎んでる父親がいてさ、昔は大好きだったんだが、婆ちゃんが死んでから人が変わったように、アタイに厳しくなったんだよ。でも、教えてくれた三味線のことは感謝してる。ただ、何をやっても認めてくれなくて……アタイの邪魔ばっかしてきてさ、アタイの……大事な仲間まで奪い取ろうとしてくる気がするんだよ……」

 堰を切って溢れ出す感情。自分がこのコンテストで実力を出し切れないのではないかと言う不安と、父親の虚像が彼女の心を支配していた。何も言わずに「ジャンヌ・ダ・ショコラ」はくれない(紫吹)を抱きしめると、微笑みながら言った。

 「そっか、辛かったんだね……。頑張れとは言わない。ただ、やりたいようにやったらいい。信じてくれる人がいるから、私達は頑張れるんでしょ?」

 「ああ、ありがとう!」

 「ほら、仲間が待ってるわよ!いってらっしゃい」

 

 目を上げると、心配そうに「ワカバノアオハル」のメンバーが待っていた。

 「……誰と話してたんだ?」

 狛犬(伊織)が憑き物が落ちたような顔をした、いろは(紫吹)に対して質問を投げかけた。

 「秘密だよ」

 「信じてるからな」

 そして、二番目の「鋼の肉塊」の審査が終わったらしい。得点は94.5点だったらしく、実質、90点越えの出場者メンバーのレベルの高さを伺わせた。四人は帯を締め直すように「図らずも小雨」の演奏を最後まで見届けて、自分らも善戦を戦い抜くことを心に決めたのだった――。

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