【To the next stage】20th Track:わびぬれば

 

 「しっかし、天井高すぎだろ、おい!」

 「観客も凄いですわね。ひゃああ、緊張しちゃいます」

 ガラス張りの天井に、収容人数がかなり入る体育館のような広さのアリーナ。ここはいつもロボットコンテストが行われるのだが、熱狂的なファンが来るのもこの「Snow Night」の特徴でもある。某テレビ局が提携している全国規模の大会には、地元から県外からと、この大会を楽しみに老若男女のファンが集まるのも特徴だ。開始時刻の十八時を心待ちにしながら、ステージ裏の控え室に胸を躍らせながら、緊張感で震える足を打ち叩いて、頬を叩く四人。ライバル達は見たところ、四グループあるようだった。その中でも、一番厄介な争い相手になるのは目に見えていた。


 それが先ほど会った「図らずも小雨」だ。

 彼女らは、このジュニアユース・バンドコンテストの中ではかなりの実力者だった。ボーカリストの栗花落(ついり)は女性なのに声量があり、ハスキーボイスが特徴で、天性の実力者。音感もリズム感もかなりのもので、一度聞いた曲は耳コピ出来るほどの天才肌だと言う。

 天泣(てんきゅう)は、留学経験者であり、ソロでの演奏を得意とするギタリスト。しっとりとしたバラード系の曲から、ヘヴィメタル系統まで幅広いジャンルの曲に自分を合わせていける、いわゆるカメレオン系の人物。無口でミステリアスなので、余計にその素性が分かりにくい。

 氷雨(ひさめ)は、ロリータ系のファッションを好む小悪魔系女子。ベースとドラムが担当なのだが、小柄な体系から想像も出来ない程の重厚感のある音声を生み出すことが出来る。

 要するに天才肌の集まりなのだ。更に言ってしまえば、メンバーが群れることを嫌っており、プライドも高く、パフォーマンスに特化した音楽が好き好まれている。万人受けはしないが、しかし好く人は病的なファンがいる……といった感じだろう。彼女らが会場入りしてから、なんとなく取り巻きが多いように思えたのは、気のせいではなかった。

  

 呑まれそうになる気持ちをぐっと押し殺して、収容人数ぎりぎりに集まった観客席を見て。狛犬達は頷きあった。

 「いこう!」


 **

 ステージのスポットライトが自分らに集まる。和楽器は湿気に弱く、デリケートで高価な為、振り回したり、飛び跳ねたりするギターパフォーマンスに不向きなのだが、緊張感と注目される高揚感で四人の心は乱れていた。

 そして、スタッフに案内され、席に着くや否や、MCを担当するうるさめの男が派手な衣装でステージの中央に立ち、司会を始めた。

 

 「さあさぁ、お待ちかね!!今年も始まりましたスノゥウウウウ!ナイッツッ!この会場では予選を勝ち抜き、一次審査を通過した生粋の実力を持つ高校生達が集まっております!!見て、聴いて、感動してごらんなさい、その金の卵の実力をッ!その青春をフルに音楽活動に捧げ、音楽に生きると決めた彼らの雄姿を!ここに虎と龍が渦を巻いて激突し、そして大きなハーモニーを奏でて、凍てつく夜も溶かしきることでしょう!」

 周囲の観客の拍手。それに応じて更に饒舌になるMC。

 「私、申し遅れました、『大沢木 騒音(おおさわぎ そうね)』と申します!名前に負けず劣らず、本当に口うるさい性格でして、人の集まる祭り騒ぎをおかずに、ご飯を食べたいくらいの騒がしい性格なのでっす!!そして、こちらにいますのは、『鏑木工業大学』の名誉教授『久保田 興造(くぼた こうぞう)教授』ッ!!まだまだ、ロボット技術が発展途上にある中、『Qualia(クオリア)シリーズ』を世の中に送り出した、名高い機械工学の権威ですッ!!今日お越し頂いたのは、審査を精密機械で行う関係で、新シリーズの『Aqua/typeζ(アクア/タイプゼータ)』を使って頂きたいとッ!その関係でッ!お越し頂きましたッ!」

 

 会釈をする久保田教授。全身に薬品汚れの目立つ白衣と、黒縁眼鏡をし、ぼさぼさな白髪頭を掻きむしりながら恥ずかしさを押し殺していた。

 「……相変わらず慣れないよ、つぐみくん」

 「じっとしていてくださいよ、教授なんだから!」

 隣には赤縁の眼鏡を掛けた白衣の若い女性が立っており、年齢的にかなり離れていることが見受けられた。こそこそと話をしているが、久保田教授は咳払いをすると話し始めた。

 「ぼっ、僕がご紹介に預かりました、久保田です。世の中の皆さんが『Qualia(クオリア)』を愛してくださって、本当に感謝しています。『Qualia(クオリア)』は昔に亡くなった美しき幼馴染、『澪(みお)』をモデルにしております……ぐふっ!」

 

 マイクが床に落ち、ハウリング音が会場に響き渡った。どうやら、隣のつぐみが嫉妬心を燃やして肘鉄を久保田教授の脇腹に入れたようだ。うずくまって動けなくなっているのを見て、彼女は落ちたマイクを拾い上げて話を続けた。

 「し、失礼しました。個人的な事情で久保田教授に制裁を入れたことをお許し下さいっ!私は久保田教授の妻、つぐみと申します!久保田教授とは学生時代に知り合い、『初恋の亡霊と闘って、勝利して』結婚いたしました!!……だだねぇ、この人はずっと『初恋の呪縛』が長すぎるんですよね。機械工学の権威がこーんなヘタレオタクって聞いたら、皆さんがっかりしますよ?」

 どっと周囲に笑いがあり、そしてつぐみは続けた。

 「今回、私がデザインしたこの『Aqua(アクア)シリーズ』は、この興造さんに敵意を燃やして、私が一からデザインしたヒューマノイドロボットなんです!その中でも『ζ(ゼータ)』タイプは、音楽業界の人達に使って欲しい気持ちで試運転もかねて会場に持ってきたんです」

 呼吸を整えて、つぐみは話を続けた。

 「私は、ここにいる高校生バンドくん達と違って、音楽センスがゼロに等しいんですけど、めちゃくちゃ音楽が好きで、フォークソングからポップス、ジャズとか幅広いジャンルの音楽を聴いたりしてるんです!で、持てる限りの知識を使って、このロボットを開発しました。楽器って言えば多国籍で、アンプみたいなエフェクターが全ての楽器に使える訳じゃないと思うんですけど、その欠点を克服したのが『ζ(ゼータ)』。あと、音声を精密に取り込んで、精密採点出来るのもこのロボットの特徴なんですよ!」

 自慢げに語るつぐみ。会場にはロボットの姿が見えないのだが、周囲を見渡しながら言った。

 「それじゃ、みんな呼んでみましょう!私が、せーのっ!って言ったら『ぜーたぁぁああっ!』って呼んでみて下さい。せーのっ!」

 「ぜーたぁぁああっ!!」


 ステージの中央に歩いてくるロボット。動きはぎこちないのだが、若い執事を思わせる黒いスーツを身にまとった衣装。そして、サラッとした髪の毛とすらっとしたスタイルのいい長身体形。会釈をしながら歩いてくると、つぐみのそばに立って言った。

 「オヨビデショウカ、オジョウサマ」

 「……ぐみくん、これはどう言うことかな?後できっちりと説明して貰おうか」

 久保田教授の眉間に怒りの筋が浮き上がっているようにも見えたが、つぐみは舌を出しながら言った。

 「あ、とりあえずですね。彼が手に持っている電子パッドの画面に細かい情報が映し出されるように出来てます。あと、目から照射した光によって大型スクリーンにも映像を移すことが出来ると……」


 「こええよッ!」

 「紫吹ことくれない」のツッコミが一瞬入った。つぐみはペロッと舌を出してロボットの説明をすると、会場を後にした。

 まさか、呼び声とともに現れたのが、美少女ではなく……美男子のヒューマノイドロボットだと誰が思うまい。会場にいる女性陣には受けが良かったのだが、久保田教授は目頭を押さえながら絶句していた。石化して固まっている久保田教授の襟を掴んで引きずりながら、つぐみは舞台を後にした。高校生達は「この大学」の異質さを少なからず、肌で感じ取っていたようだ。


 **

 そんな茶番をさておいて、開幕のアイスブレイクトークが終わり、緊張感が程よくほぐれた頃に、バンドの演奏がスタートした。注目すべきは「図らずも小雨」が三番目であることと、自分ら「ワカバノアオハル」がおおとりであることだった。

 審査員は大手レーベルの芸能音楽担当「霧生 達臣(きりう たつおみ)」、そして「Aqua/typeζ(アクア/タイプゼータ)」。観客の反応も票数に加算され、最終的に決勝進出したものがそのまま契約へと確約されるのだ。手に汗握る闘いが、ここに幕を開けた――。

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