【Third Album】16th Track:きみかえりこむ


 「げほっ!げほっ」

 伊織はたくさんの大人に囲まれて目を覚ました。見回すと、腕を組んでむすっとしている紫吹の父、壽(ことぶき)の姿と娘の姿があり、二人でそっぽを向いてツンツンしていた。安どの表情とともに、どっと来る疲れに耐え切れず、あおむけに倒れた。

 「おい、伊織!目が覚めたか!!」

 伊織の目が覚めたと周囲の女性から聞かされて、巴と紫吹は伊織に駆け寄った。そばでは藍呉と「シベリアン・ハスキー」のメンバーが何やら話し合っていたようだ。深刻な表情だったが、どのような内容であるか。それは分からなかった。


 女性たちに抱き疲れたり、上着をかけられながら、ボーっとしていると、伊織は警察官に「事情聴取」について、後で話すようにと言われた。そして、父の京介とひのが一発ずつビンタを入れて盛大なお叱りを受ける。

 「あんたねぇ!!心配したんだよっ!!この大馬鹿者!!」

 ひのは泣きじゃくりながら、伊織に怒鳴っていた。周囲の人間は唖然としていたが、そのまま続けた。

 「惚れた女なんだろ?よく守ったよ。それだけは褒めてやる。相変わらず、京介の息子は手が掛かるよね……全く」

 けたけたと笑いながら、伊織の頭をぐしゃりと撫でた。すると渋い顔をしながら、「シベリアン・ハスキー」のボーカル、「菅浦 結衣」が京介のそばに歩いてきた。


 「伊織君の……お父様でしたが」

 「ああ、そうだ。お前も、俺らみたいなやさぐれモンを軽蔑するのか?」

 「…………」

 彼らの言いたいことは分かっていた。伊織や藍呉は既に自分らとは住む世界が違っていて、暴力団関係者であることを今回の事件で知ってしまったのだ。大好きな彼らと決別するのは惜しい気持ちだったが、メンバーを代表して言い放つように言った。

 「今まで、ありがとうございました!ただ、もう俺らの前には現れないでください!」

 「そうか。……それなら仕方ないな」

 絶句する伊織をよそに、京介は寂しそうに言った。結局の所、怖い思いをしてまで彼らとの関係を保ちたくなかったらしい。今回の一軒で大人達は保身に走り、藍呉は心底悔し涙を浮かべながら、怒鳴った。

 「ユイさん!!あんまりじゃないっすか!!また遊びましょうよ!」

 「ごめんね。私達が決めたことなんだよ……それに」

 芽衣子は来て、ちらりと伊織や紫吹のそばにいて離れない志乃吹、藍呉を見ながら頷いた。

 「君らの結束力を、大人が邪魔しちゃいけない。……そう思ったんだよね。私達が忘れた物をあなた達が取り戻しに行って欲しい。こんな言い訳じみた言い方ってダメかな?」

 何も言い返す言葉が見つからなかった。

 「行くぞ」

 知郎は芽衣子と結衣に声を掛けて、振り向かずにその場を去った。そして、二度と伊織達の前に姿を現すことは無かった。伊織達も強い意志を感じて「カプトル」の建物に足を踏み入れるようなことはしなかったようだ。

 

 **

 ――数日後。

 興奮と噂が冷めやらぬ中で、頭を冷やす為に学校の屋上に出た伊織。紫吹と志乃吹と恥ずかしそうに顔を合わせると楽器を手にし、マイクの前で息を吸い込んだ。

 「やるか!」

 「……おう!」


 その時だった。錆び付いた鉄の扉が激しく音を立てて開いた。そして、息を切らしながらその場に立っていたのは、伊織の兄貴分の藍呉だった。

 「あ、お前!何しに来た?『あの時の礼』は、もう十分言ったろ!」

 セッションを邪魔されたのもあり、紫吹が苛立ちながら言った。藍呉は恥ずかしそうに頬を掻きながら呟いた。

 「すまなかった。行く場所がない……俺も、お前らの仲間に入れてくれ!頼む!」

 「ええええっ!」×3

 驚きを隠せない三人を尻目に、新たな旋風を巻き起こすバンドの結成が、ここに芽吹き始めていた――。


――【To the next stage】に続く。

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