【Third Album】15th Track:きみがため

 ワンボックスカーに追従するバイクの台数はかなりの数になっていた。ケントが最も恐れていたのは、自分の経歴に足が付くことだった。何事もないように、自分と無関係の知人を利用して女性を誘拐し、そして美味しい思いをして、全ての罪を「シベリアン・ハスキー」に擦り付ける計画。復讐心が彼の中で燃え上がっていたのもあったが、結局のところゲスな行動であることは変わりなかった。

 後部座席に投げ込まれた女性たちは疲れ切っていたのか、寝息を立てて眠っていたり、ぐったりとしている。数多くの女性ライダーが現れたという窮地に緊張の糸が切れたのだろうか。


 ケントは、巴と最初に遭遇したパーキングエリアでは、赤いバイクを撒いて逃げ切れると思っていた。しかし、彼の慢心は束の間。情報網が張られていて、至る所からバイクが取り囲むと、高速道路は埋め尽くされていった。

 逃げ場がなくなったケント。彼の交友関係は、金をばらまいてできたものが殆どで、元の性格が根暗だった為、頼れる友人はいなかった。運転席に座る共犯者の男も、結局彼に利害関係の一致があって同行したに過ぎず、いつ車を捨てて逃げてもおかしくなかった。


 「ぶっ殺してやる!車から降りろ!」

 女性とは思えない悪辣と罵倒の入り混じった言葉が吐かれ、耳をつんざく轟音と、木刀を振り回すマスクの女達。バイクからワンボックスカーの車体に飛び乗ろうと、何人かが手を伸ばした時、車は急加速してインターチェンジに入り、ゲートを突っ切った。


 ケントは料金ゲートでお金を払わず、職員が警察に連絡が入れた後に、更にカーチェイスが白熱し始めた。何人かの女性ライダーはゲートで足止めを食らって動けない様子。そのままワンボックスカーは港町を疾走し、一般道を車のわき目を縫うように加速した。それを追従してきたのは、なんと赤いスポーツバイクだった。海風で振り落とされぬように必死に巴の腰にしがみつく伊織。血眼になって巴は車に接近すると、叫んだ。


 「この野郎!舐めやがって!!許さねぇ!!」

 「紫吹をさっさと下ろせ!!さもないと……!」

 伊織が強肩で発煙筒を数本、車に投げつけた。発煙筒は車のタイヤの隙間に食い込んで火と煙を吐き出しながらものすごい勢いで飛び散っていく。伊織は更にカラーボールを数個、窓ガラスにぶつけて、車の失速を試みた。

 「くっそ、このガキ、ぶっ殺してやる!」

 ケントはどこから仕入れたか分からないが、一丁の拳銃を取り出すと、助手席の窓から発砲した。弾丸はアスファルトを爆ぜて、伊織の太ももを貫通した。

 「くっそ、ここで振り落とされてたまるか!」

 拳銃を構え直したケントに、伊織はカラーボールをぶつけた。開いた窓に蛍光色のインクが流れ込み、車は混乱を起こしてスピンし、タイヤを激しく路肩の縁石に打ち付けて停車した。

 「やった……か?」

 巴はバイクを路肩に止め、伊織はバイクから降りると興奮交じりの表情で車に走り寄った。すると、怒りに満ちた表情でケントが車から降りてきた。そして伊織の襟首を掴んで激しく揺さぶりながら言った。

 「このガキッ!!ぶっ殺してやる。計画を台無しにしやがって……」

 伊織は海に投げ込まれ、そのまま沈んでいった。水温は彼の体力を奪い取り、疲れと激しい眠気が彼を襲った。そして、身に付けていた装備品の重さによって浮上することもなく、水泡を浮かべながら水面に姿を消した。甥を思いやって巴は、薄着一枚になると海に飛び込んだ。


 そして、へたり込んで二人の男は膝をついて、その場に力尽きた。どこから火が付いたのかは分からないが、車のガソリンタンクに穴が開き、火が点いて燃え始めた。紫吹は攫(さら)われた女性を車から必死に救助しているようで、息切れしながら、何度も肩を担ぎ、車から出していた。

 全員救出した後、車が発火すると、むせながらその場に倒れこんだ。縛り上げられた縄は車の割れたガラスで切ったようだったが。何人かの女性ライダーは攫われた女性の介抱をしていた。


 「あいつが、あいつらがいなければこんなことにならなかったんだよ。俺は!コハル!!俺はどうすれば良かったんだよっ!クソっ!」

 港の堅いコンクリートを殴りつけるケント。追いついたレディースの一人が、いらいらしながらケントに詰め寄った。

 「この玉無し野郎、お前も海にぶち込んでやろうか?巴さんの甥っ子に暴行振るいやがって!」

 女性はケントの右頬めがけて拳を振りかぶった。


 その時、芽衣子の声が響いた。いつの間にか現れた芽衣子にケントは戸惑いを隠せない。 「ケント!!自首して!!そんなんじゃ、死んだコハルも報われないよっ!」

 そこには、パトカーに乗せられた「シベリアン・ハスキー」のメンバーがいた。

 「ケント。お前の気持ちは痛いほど分かる。だがな、お前は過去に縛られすぎたんだよ。俺らは、確かにコハルを失った。だがな、お前は過去に対する後ろめたい気持ちで曲を作って売れてるだけにしか見えない。それをコハルは望んでいたか?」

 ボーカルの結衣が言った。

 「俺らへの復讐心があるんだったら、そこでお前が海に投げ込んだ伊織みたいに、音楽で勝負すれば良かったんだよ。後ろめたいことしやがって。俺はな、お前にキレてんだよ。コハルはな、お前の声の良さをよく話してたんだよ。お前自身のことを嫌と言うほど、俺らにな。だけどな、コハルが『情が移るといけないからライバルとしてお前と張り合いたい』って、お前との音楽活動を拒んだんだよ。そのことが分かんなかったのか?」

 

 「kent(ケント)」はすっかり力が抜けてしまい、目から涙が零れて止まらなかった。そして、売春を斡旋していた闇業者に一本の電話を入れると、サングラスで顔を覆って、そのまま警察官に自首し、連行されていった――。

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