【Second Album】12th Track:をとめのすがた

 勝負が始まったかと思いきや、紫吹は伊織を睨み付けると、矢継ぎ早に言葉を放った。

 「よぉ、いよぉ!うちのおバカなへちゃむくれ。トントコチキンのすってんとん。色も無ければ、匙(さじ)投げる。唯一無二の歌唱力。よぉ!よぉ!」

 「出会って三日。殴られ四日。雨に泣き濡れ、早(はや)数週間っ!女と金が癒やしの倅(せがれ)!よぉ、いよぉ!」

 何を歌い出すと思いきや、それは伊織を馬鹿にするような常套句(じょうとうく)だった。ぽかんとボーカリストが立つ中で更に韻を踏んで歌い上げる。

 「よぉ、いよぉ!楼雀組の伝説天下。浅葱お嬢のその息子。開いてみたら腰抜け野郎さ。だがだが、目を見る負けず嫌い。よぉ、いよぉ!」

 

 客席から笑いが零(こぼ)れる。軽快な音楽と共に伊織が舞台袖から出て来た。

 「よぉ、いよぉ!なんだなんだと出でて見てれば、世話焼き娘のお出ましか?お前らお前ら今更なんだよ。よぉ、いよぉ!」

「うるせぇ、うるせぇ。黙って出てって。お前はお前は心を奪って。さっさと逃げて何処へ行く!……よぉ、いよぉ!」

 「よぉ、いよぉ!それはこっちの台詞だバカヤロ、付き合い悪いし愛想も悪い。それでお前は女なんだろ?よぉ、いよぉ!」

 「余計なお世話だ、こっちの台詞。モテもしないし色気も無い。美男子疎遠の三枚目。よぉ、いよぉ!」

 伊織と紫吹の独壇場(どくだんじょう)が繰り広げられる。それは彼を引き抜いたバンドメンバーに仲の良さを見せつけるかのようだった。熾烈極まる三味線の音楽と篠笛。弁舌は更に高まり、やかましいくらいだ。すると、会衆をかき分けて一人の男性が歩いてきた。

 「妬いちゃうねぇ。キミ達」

 知郎に蛇のような目で睨まれた。身長が高いだけあって、威圧感もかなりのものだった。

 「お前らぁ!!こいつらに渡すんじゃねぇ!!いいかぁ?!今宵は宴だぁ!!」

 マイクを持って彼は首を振ると、熱気で会衆を包み込んだ。和楽器の音をかき消すような力強いドラム。ベースギター。ボーカル!!それはカプトルの勝負曲だった。

 高校時代から築いてきた絆の強さは、彼らの武器だった。ボーカルだけでなく、舞台袖にいた芽衣子もキーボードに加わって、鍵盤を叩く指に力が入った。


 「聴いたことのない曲だ……」

 ポップスとジャズを掛け合わせたようなクラブミュージック。ナチュラルで滑かな音質に、ヘヴィーなバスドラムが底上げしている。若さに負けない言葉選びの重さ。酸いも甘いも噛み分けて円熟した大人の魅力が詰まっていた。

 「いいぞー!」「もっとやれ!!」周囲の観客の歓声が沸き起こって、サイリウムの光が乱れる。人の熱気で部屋の温度が上がっていた。そして、入り乱れた音楽が周囲を掻き乱す。


 紫吹は弾けるようになった「雨の夜」をソロで奏で、「津軽じょんがら節」や流行りのアップテンポの邦楽、洋楽まで、かっこよく弾き鳴らした。

 三味線を弾く紫吹の手はすっかりボロボロで、指の皮も擦り剥けていたし、篠笛を吹く志乃吹も喉が渇ききって声が出なかった。佳境に差し掛かって締めの一曲を披露した。それはあの日、夕焼けの中で三人でセッションした曲だった――。


  周囲からはアンコールの拍手が沸き起こった。結衣は笑みを浮かべると、とても満足した表情で二人の元に歩み寄り、伊織の背中を押して二人の元に差し出した。

 

 「帰る場所があったなんて、……知らなかったよ。僕らはまだ燃えたりないし、これからも燃え続けられる。それを魅せ付けられた。ありがとう」

 「……アタイらは別にやれることをやっただけで……」

 周囲の観客から「また遊びに来い!」と激しい拍手と歓声が沸き上がった。伊織は恥ずかしげに二人の女性を見た後、「帰ろうぜ」と声を掛けてステージから降りた。


**

 時刻は既に二十二時を回っていた。ミネラルウォーターを飲みながら、紫吹が一息ついている。派手な行動を起こしてヒヤヒヤしたと、伊織と志乃吹が武勇伝を語り合っている。薄暗いクラブの路地裏で、一息落ち着いていた。自分よりも遙か年上の男女が出入りしている最中、少し寒気がしたのは紫吹だった。話に夢中になっている伊織と志乃吹をよそ目に事件は起こった。

 「……おい、ねぇちゃん!」

 「アンタはアタイを無理矢理、建物の中に入れた男じゃねぇか。しつけーぞ!」

 煙たがって追い払おうとする紫吹の手首を男性は掴んだ。かなりしつこく絡んできた。

叫び声を上げ、激しく暴れても、薄暗いネオンライトと雑踏にかき消されてしまい、抵抗する姿が分からなかった。

 そして抵抗虚しく、腹部を殴られて気絶させられ、肩に担がれてしまった。そのまま乱暴にワンボックスカーの中にに放り込まれた。どうやら他にも拉致された女性が複数いたようだったが……。

 

 「ちくしょう、い……たすけ……て」

 蚊の鳴くような声を絞り出したが……伝わらなかった。

 「その顔を見せてくれよ。くくっ」

 紫吹は薄れゆく意識で、男性を睨み付けた。

 「その目だよ。俺はさ、黙って泣いてる女が嫌いでよ。君みたいなのが好みなんだよ。遊ぼうぜ」


 **

 事務所で結衣が悦に浸りながら、今日の収益を計算しながら、ゲリラライブの勝負を知郎と話していた。その熱い空気も凍り付くような、水を差す話題が二人の元に飛び込んできた!

 

 「……ユイ!」

 激しく事務所のドアが開いた。そして青い顔をした芽衣子が飛び込んできた。結衣の肩を揺すぶると、取り乱した表情で話し始めた。

 「……うちの客の女性が数人、誰かに連れ去られたらしいんだよ!!」

 「は?!どう言うことだよ」

 「迷彩の服を着て、ブランド物のサングラスをした男がナンパ目的にうちの店に出入りしてて……。どうやらナンパ上手く行かなかった腹いせに、奴の仲間と客を誘拐したらしいんだよ」

 「お前、どうしてそいつらを出禁にしなかったんだよっ!」

 「分かんなかったんだって!それに……金払いもいいから……」

 怒りにまみれる結衣。周囲を見渡して、幸いに部外者がいないことを確認すると、顔を覆って悩み始めた。

 「なんてこった……」


 数分後、顔を青くした伊織と志乃吹が事務所に入ってきた。

 「芽衣子さんっ!!紫吹が連れ去られました!!」

 「お願いします……力を貸して下さい」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな志乃吹。伊織は自分を責める気持ちでいっぱいだった。時刻は既に……深夜を回っており、黒いワンボックスカーは他県に入り始めていた――。


――【Third Album】に続く――。

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