【Second Album】11th Track:こぎいでぬと


 赤い屋根、黒塗りの鉄の扉。「カプトル」と書かれた小さな建物を前に、紫吹は立ち尽くしていた。久々に伊織を見たと思ったら、間髪を入れず藍呉が連れ去ってしまったのだから。志乃吹を呼ぶ前に身体が先に動いていた。

 「アタイ、何してんだろう……帰るか」

 「おーい、可愛いねぇちゃん、何してんの?入らないの?」

 「いや、アタイは別に……」

 「カタいこと言うなって。まぁ、今日は奢るから呑もうぜ?」

 「離せよ!!クソッタレ……」

 怖じ気づいて帰ろうとする紫吹だったが、若いサングラスをした男性が、紫吹を建物の中へ連れ込んでしまった。


「おねえちゃぁん、機嫌直してよ。話しかけて悪かったってばぁ……」

 「うっせぇなぁ」

 むくれる紫吹に必死に話しかける男性。暫くして、芽衣子がキーボードを弾き始め、ゆったりとした時が流れ始めた。バレまいと顔を隠そうとして、紫吹は鞄の中から張り子で出来た「狐のお面」を取り出した。どうやら、三味線の演奏の際に使っていた物らしい。

 顔にはめると、「雑音のような男性の声」を無視してステージに目線を向け続けた。

 「くそっ、こうなったら腹括るしかねぇ……アイツが付き合いを変えてから調子が狂いっぱなしなんだよっ!」


 男性はあまりにも素っ気ない紫吹に嫌気がさして席を外した。そして紫吹はたった一人隅っこに座ってステージを見続けた。一瞬暗くなると、ボーカリストの結衣が熱に帯びて話し始めた。

 「みんな!聞いてくれっ!カプトルを今まで長いことやってきたが、『シベリアン・ハスキー』を力強く助けてくれるボーカルを見つけたんだ!!」

 「え?俺……」

 「紹介する。浅葱 伊織だ!」


 拍手が上がる中、一番取り乱したのは隅っこの席に座る紫吹だった。

 「は?……マジかよ……」

 それからけしかけられるが如(ごと)く、一曲か二曲、曲を歌い周囲を魅了した伊織。その溌剌(はつらつ)とした表情は、とても清々しかった。どこで練習したのか分からないが、憑き物が肩から落ちたような解放感で歌っていた。それを見た紫吹は自分を卑下しながら、その場を後にした。

 「アイツ、何だよ……アタイ達といるよりも楽しそうじゃん。来て損した。帰ろ帰ろ……」

 その伊織の姿を見て、紫吹はその場を後にした。伊織は気付いていなかったが、紫吹は自分の尖って突っ張ってきた生き方がとても悔しかったのだ。どこにも溶け込める伊織の社交性を持ってすれば、「アタイなんかに関わるよりも楽しく生きられるはず」だと。そんな風に思って、静かに扉を閉めた。

 「しぶしぶ、そうやってまた目を背けるの?」

 「……志乃吹、ついてきたのか?」

志乃吹は紫吹の額に掛かったお面を引き下ろすと、纏っていた着物の裾を翻して中に入っていった。顔には狛犬の面を付けて、堂々と胸を張って舞台に殴り込んでいった。


 「この喧嘩は、……私たちに対する宣戦布告だ!」

 志乃吹は紫吹の手を引っ張って中に入っていく。開け放たれた空間に響くアルコールの匂いと香水や汗や体臭、そしてユイの甘いボイスがステージから観客に響いた。ぞわぞわと志乃吹は戦慄(せんりつ)した。武者震いと異色な音楽に対する拒絶反応だろう。

 

 二、三曲演奏が披露されてから、バトンは伊織へ。伊織は喉を枯らすように叩き込まれたラップ調の洋楽を韻を踏みながら歌い上げる。

 「アイツ……さらに上手くなってるな」

 息を呑んで見入ってしまう。紫吹が他人を褒めるのは珍しいことだった。雰囲気に呑まれまいと、志乃吹は唇を噛んでいた。


 ひのに強いられてきたボーカルトレーニングと、ここ数週間「カプトルのメンバー」とセッションをしてきた伊織は、楽器と息ぴったりだった。唖然として息を呑む紫吹だったが、志乃吹は隙を見て腕を捲り、肩から背中に襷(たすき)を掛けた。

 「……殴り込むよ!」

 「お、おい、マジかよ……」

 薄暗い空間で驚き惑う紫吹。志乃吹は紫吹の三味線ケースから三味線を取り出すと、顔の前に突き出した。

 「一夜限りのツーピースバンド『若葉と青羽』。しぶしぶとやりたかったんだから。伊織さんを取り戻すには、ステージに立ってる……今しか無い!」

  呆れながら狐のお面を整え直す紫吹。志乃吹は深く息を呑んでステージに走り出した――。

 

**

 しばしの間奏。ボーカリストが余韻に浸りながら目を瞑っていると、二人の着物を着た女性がマイクを奪い取って、ステージに立った。志乃吹は戸惑いを隠せないボーカリストを押しのけて言った。

 「な、なっ!お前らは誰だよ!!」

 「私達の仲間、『浅葱 伊織(あさぎ いおり)』をっ!今宵(こよい)は、お前を取り返しに来たっ!!」

 志乃吹が指を指しながら、伊織に宣戦布告した。

 「お前……まさか……」

 あっけに取られている伊織だったが、三味線の音が激しく鳴り始めて、志乃吹が篠笛を吹き鳴らし、けたたましい戦国時代を思わせる戦慄(せんりつ)とした音楽が流れ始める。周囲の観客は、なにかの演出と思いながら、半信半疑で聴き入っていた。


 藍呉は聞き覚えのある声で、すぐに彼女達の正体を見破った。そして喧嘩腰になりながら追い返そうと、喉元まで声を出しかけたが、笑いながら舞台袖にいたトモが現れた。

 「……面白い。音楽の原石がここにも居たのか。君らは伊織君の友人達なのか」

 「はんっ!御託(ごたく)はいいからさっさと伊織を返しな!」

 ラップバトルに似た音楽バトルが勃発(ぼっぱつ)。韻を踏んで相手を貶(けな)し合う。特徴的なのは脚色に和楽器が組み込まれていることか。軽快な三味線を奏でながら、紫吹は歌い始めた――!

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