【First Album】6th Track:わたせるはしに
真夏の分厚い入道雲が空を覆い、日の陰りが屋上を暗く覆い隠していた。紫吹は三味線に手を置きながら、コンクリートの壁に寄りかかって空を見上げていた。
「雨が降りそうだな……」
呟いた時、激しく鉄の扉が開いた。
「か、かんざき!!ぜぇぜぇ……」
「また来たのかよ……」
伊織は呼吸を整えた。そして言った。
「頼む……俺に三味線を教えてくれ」
「……はぁ?!何言ってんだ?」
伊織は紫吹の前で土下座をした。少しずつ雷が雲間を横切りながら、雷鳴がなり始める。
「ホントに……頼む。生まれて十七年。何もかも夢中になれるものが無かった。中途半端だったんだよ。お前の三味線を聴いてから、俺は本気でこれに向き合いたいって思ったんだ……」
少しずつにわか雨の気配がし、ぽつりぽつりと降り始めた雨は、一気に土砂降りに変わり始めた。濡れていく伊織は、額をあげることなく黙って土下座を貫いていた。
軒下にいる紫吹は焦り交じりに頬を掻きながら言った。
「お前さ、イタいし……いい加減ウザいよ?さっさと顔上げろよ」
「…………」
「アタイなんかより、お前の知り合いに教えてくれる奴、たくさんいると思う。どうしてアタイなんだよ?ただのままごとで弾いてる奴に教わろうなんてよぉ」
伊織は顔を上げていった。
「見てられねぇんだよ。……お前のこと。親父と何があったか知らねぇけど、すっげぇ強がってて痛すぎる。なんで……お前の三味線は、そんなに哀しい音がするんだよ。教えてくれよ」
伊織の濡れた手が紫吹の肩に触れた。紫吹は嫌悪感を感じて、伊織を殴り飛ばした。伊織は濡れたコンクリートに投げ出され、殴られた右頬を抑えて、じっと紫吹を見ていた。睨むのでは無く哀れみの目で見ていた。
「……お前ら、何をやってるんだ!!」
非常勤の教師が騒ぎを聞いたのか、屋上に入ってきた。紫吹は青い顔をして、教師の脇をすり抜けて逃げていった。伊織は雨の降り続く空を見上げて、溜め息を吐いた。
「……わっかんねぇ」
「おい!!風邪引くぞ!!」
伊織は、米国映画「ショーシャンクの空に」のような格好で、雨にずぶ濡れになりながら空を見上げていた。
**
――楼雀(ろうざく)組。夕暮れの縁側で、ひのは京介と話していた。
「京介、あのさ。私……息子の育て方を間違えたかも」
「いきなり何を言いだすんだよ。充分だと思うぞ。一颯も伊織も個性を持って成長してる。少しわんぱくなのが玉に瑕(きず)だがよ」
「そうかねぇ。私さ、伊織には『好きなことをやらせてあげたい』って気持ちと、『浅葱家の長男として、持つべき姿勢』の板挟みで、あの子を苦しませてる気がするんだよ。今まで厳しすぎたって言うか」
ひのは自分の母や、父から強いられてきた強すぎる愛情を思い返していた。「博打の強い兄」は海外に行くことが専らだったが、その「兄がいない分の飛び火」をいつも自分が受けていた為、凄く息が詰まりそうではあった。それを思い返すと、同じようなことを自分も犯しているような気がして、気が重かった。
「……らしくねーな。竹を割ったような性格のお前が、そんなに悩むなんてよ。男なんてほっときゃあいいんだよ。ただ、女の子は手を掛けろよ」
「それ、どう言うこと?アンタが女好きって意味に取れるんだけど!」
ムッとなって手を上げかけたひの。京介はひのを抑え込んで続けた。
「よく言われる部下の育て方。男の場合は一教えて、十までほっとく。女は一から十教える。『族のアネキ』から教わったことだ。『男は手が掛からなくていいよ』って、しょっちゅう言われたもんよ」
「……ふぅん。つまり、あまり息子に甘すぎるとかえって良くないってことね」
**
ひのと京介が思いあぐねる中、伊織が、熱を出して学校から帰されたと電話口で聞いた。全身ずぶ濡れで、頬を赤く腫らしていたがクラスメートは愚か、両親にも家族にも口を堅く閉ざしていた。それから伊織は、風邪で二日ほど寝込んでいた――。
――【Second Album】に続く――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます