星明かりと消灯5

花屋からの帰り道、旅人は植木鉢をしっかりと抱きかかえながら少女に先ほどの出来事をどう言い訳するべきかを考えていた。

先程の号泣はあまりにも幼稚で、子供になど見せたくない姿だと思ったからだ。

「お花・・・貰えて良かったね」

そんな旅人の思案を知ってから知らずか、少女はポツリと呟いたが、宿屋で出会ったときとは違って彼女の口調から軽蔑の年は感じられなかった。

「そう、なんだ。とても嬉しいよ。この花はお兄さんの好きな、星によく似てるから」

責められることはないのだと安心した旅人は、太陽を見て眩しそうに目を細め優しく微笑んだ。

そして次に、大人しく付いてくるソラの小さな頭に目をやり、笑顔を絶やさないまま通りの先へと視線を戻す。

「星を・・・やっぱり君は知らないのかな。星は太陽と違った輝きを放つんだ。太陽のように爛々と輝くんじゃなくて、このブルー・ゲイザーのように優しく、悠然と輝くんだ。星はそれでいて、すごく小さいんだ。すごく遠くにあるから、小さく見えてしまうんだ。だけど、彼らは何百、何千と存在していて、夜にね、太陽の消えた暗い夜に彼らは現れる。そしてその悠然とした輝きを空に散りばめるんだ。星空は、とても綺麗で、僕はいつだって圧倒されてきたんだ。いつだって僕は・・・星空が好きだったんだ」

頭に浮かび上がった星空の情景が、彼の胸を深く打つ。

「・・・君にも見せられればいいのにな」

ギクシャクとした笑みを浮かべながら少女の方にまた目を落とすと、旅人は彼女が泣きだしてしまったことに気がついた。

旅人は自分がこんな話をしたせいかもしれないと思い、涙をなんとか止めようと彼女の正面に膝をついて座る。

植木鉢を地面に置きながら少女になんと声をかけるべきか逡巡していると、植木鉢がレンガで少し擦れる音と共にか細い声が男の耳に入ってきた。

少女に声である。

「・・・がうの。ちがうの。この街、にも、星はあったの」

嗚咽混じりながらも、少女は必死に伝えていく。

旅人は意味深な少女の様子を疑問に思って、彼女に言葉に注意深く耳を傾けた。

「わたしの、せいなの・・・!私が、怒らせちゃったからなの!」


2年も前の話、少女の住むこの街に1本の街灯がやってきた。

酒場の店主が「俺の店のシンボルとしてふさわしい」と喜んでいたのを、少女はやけに鮮明に覚えている。

妙にその街灯のことが気になって、ソラはある夜、こっそりと家から抜け出して街灯を見に行った。

そして少女は高く高くそびえ立つポールの天辺できらびやかに輝く街灯を、まだ酒場からは随分と距離があると言うのに見つけてしまった。

それほどまでにその街灯は大きく、眩しかったのだ。

アーク灯の真下まで来た少女は、天高くにぽつぽつと散らばる星々と街灯とを見比べて思わず、「星よりも明るい!」と感想を漏らしてしまったのだという。


次の日の夜、彼女は異変に気がついた。

また昨晩のように街灯を見に行こうと家の外に出た彼女は昨日とは違い、夜の街を恐ろしく感じていた。

ふと、空を見上げる。

そこにあるはずの星々は根こそぎ、1つも取りこぼすことなく姿を消してしまっていた。

星が、存在を消してしまった。


「・・・みんなは、どうして知らないフリをしているんだ?」

言い終わると同時に、堰を切ったように泣き始めた少女の背中を抱きしめてぽんぽんと優しく叩いてやりながら、男は行き場なく右往左往する怒りを込めた質問を少女に問うた。

2年前まではこの街でも星は見えていた。

つまりそれは、あの老父やマユも2年前までは星を認知していたということである。

旅人に対して少女は横に大きく首を振る。

「みんな、忘れちゃったの」

「え?」

「わたし『星がどっかに行っちゃった』っておじいちゃんに言ったの!でもね、『そんなものは知らない』って・・・。他のみんなも、“星”の全部を忘れちゃってたし、マユ先生は、『本でなら見たことある』なんて言うの・・・!」

わたしのせいなの、とまた不明瞭に呟いて大きな泣き声を少女はあげる。

2年間もの間一人の少女が、誰にもすがることも出来ず抱えていた後悔。

これがどれほどの苦痛であるかを、旅人は計り知ることすらできなかった。

ただ、

「・・・ソラのせいじゃない」

そう言うのが精一杯だった。

(ああ・・・いつだって僕はこうだ)


まだ、自分が家族との暮らしを幸せに感じていたときのことを思い出す。

幸せを日常の一部だと思い込んで、なんの小細工もほどこさなかった日々を思い出す。


旅人は泣きじゃくる少女の背中を、優しく叩き続けていた。

しっかりと抱き寄せていた。

しかし、これが本当の優しさでないことぐらい旅人は分かっていたのだ。

「僕のせいだよ」

「え?」

予想外の言葉に彼の顔色を伺おうと、男の首に巻いていた腕を外した少女を男は抱きかかえて歩き出す。

ただ、彼の進む方向は宿ではなく、先程訪れたばかりのマユの花屋であった。

「ソラ・・・もう終わりにするからね」

少女は旅人の瞳が怪しく、苦しく輝くのを見た。

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