星明かりと消灯4

「知っているんですね!」

マユの反応に思わず旅人は、荒々しい物言いで彼女を問い詰めてしまう。

しかし旅人の声に驚いてマユの後ろに隠れた少女を見て、後悔の念に駆られた。

この態度が、世間にあまり良い印象を与えていないことを旅人は理解していたのだ。

が、そんな後悔は自分よりも強引な勢いで腕を掴まれたことによって吹き飛ぶ。

「ホシゾラって、ホシゾラって・・・!」

興奮しきった様子でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、マユは頭の中をうまく整理できないまま、強く頭にこびり付いた単語を口から飛びたたせていった。

「ホシゾラ!テンタイ!そう!『星が散りばめられた空のこと』・・・でしょう!?」

瞳をキラキラと、欲しいものを手に入れた子供のように輝かせるマユに対して、旅人は掴まれた腕が痛く、苦笑いを必死に浮かべながら2度大きく頷いた。

「やっぱり!」

パッと旅人の腕から手を外し、今度は絡みつくように抱きしめる。

「あなたこの街の人間じゃないわよね!?他の町から来たのよね!?なら、もしかして、星空を・・・星を見たことがあるの!?」

大きな声で騒ぐ彼女の声は震えていた。

旅人からは見えないが、泣いているのだとわかる。

肺の圧迫感に苦しみながら旅人がチラリと目線を横にずらすと、マユに弾き飛ばされたのか、二人から少し距離をとった位置に移動した少女が、口を両手で覆いわなわなと震えている姿がうかがえた。

尊敬している『マユ先生』のはしゃぎきった行動に、動揺してしまっているのだろうか。

旅人は「すまない」とただ一言、心の中で呟いた。

声に出して言おうにも、体がうまく言うことを聞かなかったのだ。


あの後、旅人からの思い描いた返答をいくら待ってももらえなかったマユは異変に気がつき、旅人を自分の腕から解放した。

彼の顔はすっかり青ざめていて、やりすぎてしまったことを知ってしまう。

急激な勢いで現実世界に戻されたマユは、やや不満げに謝罪の言葉を口にした。

「・・・すみません」

「い、いや、その、こちらこそごめんなさい。・・・『星空』や『星』、見たことがあります。・・・この街以外のすべての土地には、星が溢れているんです」

「やっぱり!」

マユは思わずぴょんとまた飛び跳ねるが先程の失態を思い出し、こほんと咳払いしてお客様用の椅子に腰かけた。

「・・・やっぱり、星は存在しているのね」

興味深そうにふむふむと、教授風を装いながら彼女は堂々と言い直す。

「・・・はい。星は存在しています。この街以外なら、どこでも。・・・マユ先生、どうしてこの街からは星が見れないのでしょうか?」

旅人は彼女の変わりようを気にすることなく、昨日この街を訪れた時から気になっていた疑問をようやく口に出した。

だが質問に対してマユは「え?」と、とても不思議そうな顔で旅人を見上げる。

「星がないから、見えない・・・ただそれだけのことでしょう?」

可愛らしく頭をこてんと傾けてみせるマユに、旅人は湧き上がってくる絶望の感覚をなんとか噛み砕いて飲み直した。

そして「・・・ええ、そりゃそうですよね」と精一杯平然を装って共感を表し、乾いた笑いで誤魔化した。


星はクルクルと巡り巡ってどの町にもやってくる。

男はそれを事実だと思って、疑ったことはない。

しかしこの街に来て、それは男の妄想に過ぎないと感じるようになっていた。

星の見えない闇夜、星空を知らない・見たことのない人達、星を見るための窓がない建物・・・。

毎晩きらめく星々に癒されていた彼にとって、現実の苦しさを思い出させるのには十分だったのである。


「・・・ありがとうございました。少し、疲れてしまったので宿に戻ることにします」

酷く落ち込んだ声色を隠すこともできないまま礼の言葉を呟き、旅人は不安そうに自分を見つめる少女の手を取って花屋から出て行こうとした。

しかし、マユが旅人の袖をぎゅっと掴んだことによってそれは阻止される。

「待って。本物の星はここにはないけど・・・花でよかったら、あげるわ」

「待ってて」と念を押してから、マユは店の裏側へと入り、1つの植木鉢を抱えてすぐに旅人の元へ戻ってきた。

『星』

そう呼ぶにふさわしいほど、朝顔のように細いツタを支柱に絡ませて無数に咲き誇る花々の細長い花びら1枚1枚が青や紫にキラキラと、それでいてあたたかく光り輝かせていた。

「ブルー・ゲイザーっていうの。・・・星みたいに輝いてるでしょ?」

星、見たことないから分からないんだけどね。と無邪気に笑って旅人に植木鉢を押し付けた。

支柱に絡まるしなやかな茎では耐えきれなかった振動が、ブルー・ゲイザーのその身を揺らす。

「お金はいらないわ。星の事を話せて嬉しかったから。それに・・・本当は勇者と結婚したらしいお姫様に送りつもりだったものだし」


魔王にさらわれたお姫様が、勇者に救われた。

恋に落ちたふたりは結婚するらしい・・・というのは、こんな街にすら伝わってくるほど大きな話題であった。

しかし、結婚式の日付に関しての情報はいくら待ってもこの町に届くことはなかった。

先走って花を育ててしまったマユは、行き場の失ったこの花をどうするべきか悩んでいたのだという。


マユはブルー・ゲイザーの花びらを「良かったね」と囁いて優しく撫でる。

そんな彼女の手に一粒、あたたかい水滴が落ちた。

驚いてマユは、旅人の顔を見上げる。

苦しそうに、嗚咽を必死に我慢する旅人の目から、堪えきれなかった大量の涙がボロボロと溢れ出ていた。

「・・・何があったかは知らないけど、泣くことは大事なことなんだよ」

マユの包み込むような言葉を受け止め、旅人は星の咲く植木鉢をしっかりと抱きしめた。


この時、旅人は何年かぶりに『やすらぎ』を実感したのであった。

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