星明かりと消灯3
「それで、どうしてついてくるんだ?」
「わたしね、今日とても暇なの」
旅人は街の中央広間にある花屋へ、何故か宿屋の少女と向かっている。
老父たちとの少し気まずい朝食の最中に旅人が「この街で一番の物知りは誰」と尋ねたところ、老父も少女も口を揃えて『花屋のマユ』という女性の名前を出したのだ。
旅人は彼女の居場所を詳しく教えてもらい、朝食後にさっそく伺いに行ってくると老父に伝えた。
それを聞いた少女が「絶対について行く!」と言って聞かなかったのだ。
「わたしね・・・あ!わたし『ソラ』って言うんだけどね!」
旅人に向かってニコニコと笑いながらソラは言う。
「・・・うん」
旅人は誰とも話したくない気分であったが、今の彼にはおしゃべりを中断させる方が難しく、不愉快であることを滲ませた相打ちを打ちつつも彼女の声に耳を傾けていた。
「昨日の夜からね、弟が・・・あ!ソラの弟も『ソラ』って言うんだよ!紛らわしいでしょ?」
呆れ混じりに少女は笑う。
今までに何度も、周囲から『紛らわしい』と言われてきたのだろう。
彼女の先を読んだ対応には慣れがあった。
「確かに、紛らわしい・・・。でも、考えられてつけられてるんだよ」
自信を持って言いきったことに、旅人は自分のことながら少し驚いた。
腐り果てたとばかり思っていた親心は、未だに息をしていたようだ。
「そうかなあ・・・あれ?何言おうとしたんだっけ?」
「ソラくんの話だよ」
「そうそう!えっとね、ソラがね、おねつ出しちゃって・・・今日一緒に遊ぶ相手がいないの」
少女は本当に寂しそうに言って、自分のおでこに片手をくっつけてうーんと唸る。
やはり、少女に熱はないらしい。
「・・・ソラくんは元気?」
おでこをペチペチと叩いて遊び始めた少女に、旅人はまったく見当違いな質問を返した。
「え?だから、おねつが出ちゃってるから元気じゃないよ?」
少女はおでこを叩いていた手を伸ばして、敬礼のポーズを旅人にとってみせる。
それは目上の人への敬意を示すためではなく、旅人を最大限に馬鹿にするために用いられたものであった。
「ああ、ごめん・・・。朝は熱は下がったのかっていう意味だったんだけど。・・・そういえばソラちゃんは宿屋に泊まってたんだったね」
言い訳じみた旅人の言葉に少女はプッと吹き出す。
「そうだよー。だから、今ソラが元気なのかわかんない!でもきっと、『安静にしときなさい』って言われてると思う」
「・・・ママに?」
「ママにだよ」
「そうか・・・お友達はいないのかい?」
「いないよ。だって、この街には私たち以外に子供がいないんだもん」
旅人は辺りをクルンとひと回転した。
確かに、いるのは若輩の男性ばかりで子供どころか、女性の姿も見られなかった。
試しにと耳をすましてみたが、子供や女性の声はやはり聞こえてこない。
(むさ苦しいところだ)と、旅人は苦笑する。
「同じぐらいの歳の子がいなくて寂しくない?」
「ぜんぜん!家族がいるから平気!それにね、私が寂しがったら、ソラも悲しんじゃうの」
そう言って、少女は腰に両手をあてて胸を張ってみせる。
年の割にしっかりとした物言いや姿が、旅人にはとてもたくましいものに見えた。
「・・・さすがはあの人の孫だね。しっかり、立派に育っている」
旅人がそう褒めると少女はしかめっ面で「わたし、畑に生えてるお野菜じゃないのよ?」と言ったため、今度は旅人が吹き出した。
しかし、少女のものとは違い、彼の吐き出された息には湿っぽさが滲んでいた。
「うん、分かっているよ。・・・でもね、僕の力じゃこんな風に出来なかったんだんだ」
思い出されるのは教育と親子の意味を掛け違えた日々の生活。
自分には子を育てるセンスがなかったのだと、男は改めて実感した。
事情を知らない少女は、旅人の言葉の意味がイマイチ理解できなかった。
だが、あまりにも苦しそうな物言いをする旅人のことが気になり、話を掘り下げようとするものの先に目的地である花屋が見えたため彼女は興味をそちらへと移してしまった。
『花屋のマユ』はとても綺麗な女性だった。
長い黒髪を1つにまとめてポニーテールにしており、かけられた丸縁のメガネは彼女の童顔にとてもよく似合っている。
旅人も彼女の姿をとらえると、己の目を疑うかのように両目をと擦ってしまったほどだった。
「あ、おはようソラちゃん!」
二人の姿に気づいたマユは屈託のない笑みで少女に挨拶をして旅人には、はにかんだ笑みを向けた。
旅人が同じようにはにかんでみせると、マユは少女の時のように満面の笑みをこぼした。
「おはようございます!」
「お、おはようございます・・・」
「マユ先生!マユ先生はこの街で一番賢いでしょう?」
目を合わせるのが恥ずかしいのか、うつむき気味に挨拶を返す旅人をよそに少女はマユに抱きついて、羨望の眼差しで質問する。
対してマユはにっこりと笑い、少女の頭を優しく撫でた。
「あのね、私は別に賢いわけじゃないのよ・・・。ただ、本が好きなだけなの」
『賢いわけじゃない』と言ったマユの表情に少し陰りがあったのを旅人は見逃さなかった。
旅人はオドオドとしてしまいそうになるのを必死で抑えて、
「『本をたくさん読む人は人生の勝者になれる人だ』と、聞いたことがあります!」
と早口にフォローを入れた。
そんな旅人の真剣な物言いにマユは思わず吹き出して笑うと、少女も嬉しそうにマユを抱きしめ直した。
そしてマユは旅人に「ありがとう」と言って、今度は二カリとはにかんで見せる。
これまた嘘のない笑みに旅人はホッと胸を撫で下ろし、本題へと話を切り替えた。
「マユ先生、」
「マユでいいのよ。この子と、この子の弟にそう呼ばれているだけだから」
「では、マユさん。あなたは・・・星空を見たことがありますか?知っていますか?」
『ホシゾラ』という単語を旅人が発すると、マユは驚いた様子でひゅっと息を飲み込んだ。
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