星明かりと消灯2
部屋に入ってすぐに目に留まったベットの上に旅人はダイブして、気絶するように眠りについた。
部屋まで案内をした老父は、そんな彼の姿に思わずクスリと笑みをこぼす。
そして旅人の下敷きとなってしまった毛布を、起こさないよう慎重に引っ張り上げてそっとかけてやった。
(やはり、この男は悪いやつではないな)
老父は旅人を一目見た時、『やつれ果てた廃人』というような印象を抱いていた。心がいっさい篭っていない話し方、目つき、姿勢は何か大事なものを押しつぶしたようであり、日常的な感情を捨ててしまったようであった。
しかし彼を問い詰めて返答を求めていくうちに、彼の態度は子供がはぶてた時のそれと至極似ている事に気がつく。
先程の無意味な跳躍にも、見た目40を超えたいい歳のおじさんであるにもかかわらず彼と小さな子供の姿を老父は容易に重ねることができていた。
(やつれ果てた廃人というよりも、やつれ果てた子供・・・といった方が的を射ているな)
老父は旅人の頭を押すように撫で付けて持ってきたランタンをベットの脇に置いてやり、規則正しい寝息の聞こえる、窓の一切付いていない部屋を後にした。
翌日。
「うあああああああああ!」
旅人は起きて早々、悲鳴をあげることとなる。目を開けているのに視界が真っ暗で、何も見えなかったのだ。
朝であるはずなのに。
(まさか・・・)
目を大きく開き、暗黒に包まれた辺りを毛布に包まりうずくまった状態でぐるぐるぐるぐると見渡す。
旅人のすぐ横には、あさ目覚めた時にと老父がランタンを置いてくれていたが、その説明を受けていない彼が知るよしもない。
パニックに陥った旅人は助かるすべを見つけ出そうと天井付近を、床であろう場所を、東西南北四方八方、間髪入れず見回し続けた。
しかし3分も経たないうちに旅人の脳は派手に動かされた衝撃で、前頭骨にねっとりと張り付いてしまったような錯覚にとらわれ、彼にひどい酔いをもたらした。
よろめきながらも両手を上手く使い回転を止めた男は、何度も見たはずの暗闇の中に光を放つ小さな点を発見した。
瞬間、旅人はベットから転げ落ちて余裕を取り戻すことも出来ないまま、這うようにして光のある方へと四肢をがむしゃらに動かし進めた。
その様子は、まるで獣から逃げ出すトカゲのように機敏であり、それでいて滑稽なほどに鈍臭い姿であった。
ダン!
旅人は、勢いよく壁にぶつかる。
宿が木造であったため頭にコブひとつできる程度の軽傷で済んだが、突如やってきた衝撃で旅人の腰は完全に引けてしまった。
ここで『壁』がある事を認識して落ち着きを取り戻せればよかったのだが、そんな余裕などやはり旅人には無かった。
しかしいっさい周りが見えていないというわけでもなく、旅人は震える膝を引きずって近づいた壁を勢いよく叩き始めた。
頭をぶつけた際、旅人は右の方からカスガイが動いたような金属音を確かに聞いたのだ。
壊れんばかりに壁を叩いて音の出どころを探っているうち、ドアノブを手のひらではたいた。
旅人が歓喜と共にそれを回すと、目を焼くほどの光が目を襲う。
(よかった・・・この世が終わっちまったんだと思った・・・!)
眼前に広がる電灯に照らされた廊下を見て、旅人は弱々しく目に涙を溜めた。
「虫でも出たの?」
その場にしゃがみ込んで呼吸を整えていると、7歳の少女がひょこと一階に通じる階段から顔を出して尋ねてきた。
彼が一瞬の躊躇の後びっしょりと汗をかいた頭を声のした方へ動かすと、邪悪な笑顔をたたえた少女の口角がさらに引き上がっていった。
彼女のギラギラと好奇心で輝く瞳が、女々しい悲鳴をあげ壁を何度も叩いた旅人をからかいに来たことを物語っていた。
「・・・虫じゃあ、ないんだ。お、お兄さんは、その・・・暗闇が怖くて」
徐々に声がか細くなり最後は消え入るような声で、旅人は少女の様子を伺いながら言う。
「そうなの!?おじさん、大人なのに暗闇怖いのお!?」
復唱してさらに可笑しく感じたのか、少女はケラケラと楽しそうに笑い始めた。
「・・・うん。というか、窓から日の光が見えないのが悪いよ。朝なのに、朝じゃないみたいだったんだ」
彼女の調子に合わせ笑おうとするが、先ほどの出来事が脳裏に焼きついて離れず、上手く笑顔を作れないまま乾いた笑いを吐き出した。
「なあ、どうしたんだ?」
階段からlまた一人、今度は宿屋の老父が現れた。
老父は、笑い疲れた様子で肩を震わる少女の頭を呆れながらもそっと撫で、「先にご飯を食べておくれ」言った。
すると彼女は元気な返事をして思いっきり彼を抱きしめ、駆け下りて行ってしまった。
「まったく・・・。元気なことはいいことなんですけどねえ」
去っていった少女の姿を脳内再生でもしているのか、老父は誰もいない階段を愛おしそうに見つめる。
一方で、二人のやりとりを見ていた旅人は、老父の言葉に顔をしかめた。
この世界に来る前の男は身内や家庭を大切にしておらず、愛を拒むことに精を出したことだってあったぐらいなのだ。
身内にすら優しく接するl余裕も男にはなく、子供ができた頃には独り身の気楽さに強い憧れをも抱き始めていた。
現実世界から逃げ出すことのできた男は、確かに自己の願いを叶えることが出来たと言える。
がしかし、同時に彼は身を焼くほどの大きすぎる孤独を知ってしまったのだ。
(僕も、あんな風に家族を大切にするべきなのだろう)
もう一生叶うことのない願いを見つけ、彼は俯き涙を堪えた。
「なあ・・・どうしたんだ?」
旅人を労わるように、慰めるように老父はもう一度質問する。
思わず旅人は肩をビクつかせて一瞬黙ってしまうが、すぐに「なんでもない」と言って老父に勢いよく目を合わた。
後ろめたい感情うやむやにしようとしたのだ。
しかしそんなことをして見えたのは、旅人の事を心から心配そうに見つめる老父の純粋な瞳ばかりで、涙も消え去るような残酷さなど微塵も感じることはできなかった。
「・・・ご心配させてしまい申し訳ありません。最近、上手く眠れていないんです。上手く周りが判断出来なくて、よく考えもせず暴れて・・・うるさかった、ですよね?」
一音一音が、口から出て行くたびに震える。
旅人は恥ずかしさのあまり何度も途中で言葉を切ろうとしたが、それこそ幼稚な振る舞いだと思い,
赤面した顔をも隠さずに伝えあげた。
老父は彼の言葉に寄り添い否定してあげようとするが、それすらも許さない雰囲気を旅人から感じ、事実だけを言葉にする。
「・・・昨日、ここに泊まったお客さんは君と孫だけだ。・・・飯にしよう」
(やっぱり、優しすぎる)
旅人は心の中で(ここで泣くわけにはいかない)となん度も繰り返して、ひきつった笑みを老父に浮かべあげてみせた。
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