stage39.弾劾



「な……!? 貴様、何言って――」

 

 戸惑う滝沢征二たきざわせいじの言葉を遮るように、別の声が地下室に響いた。


“ああ。聞こえたよ響咲くん。今そちらへ突入する”


「貴様……スマートウォッチを使って……!?」


 滝沢は驚愕を露にする。

 響咲久遠きょうさくくおんは、手首に着けていたスマートウォッチで動画まで撮影していたので、この血だらけの地下室も送信先に、丸見えだった。


「ああ。それにこれまで貴様が収集したコレクション類の証拠写真なども、USBメモリーで警察に送りつけた」


「……あの、初めてお前をここに招待した日に……!?」


「貴様に睡眠薬のワインを飲ませてな。きっと今までの犯罪件数だと間違いなく死刑だろう」


「響咲、貴様よくもっっ!!」


「だが俺はそこまで待てるほど気は長くない。この場で貴様には死んでもらう」


 久遠は冷ややかな口調で言うと、足元に落ちているメスを拾い上げた。


「や、やめてくれ……! 私が悪かった、頼む! 助けてくれ……!!」


 床に倒れこんだまま、全裸姿で後ずさる滝沢。

 それへとゆっくりした足取りで間を詰める久遠。


有夢留あむるも同じ事をお前に言ったろう!!」


 怒鳴るや否や久遠は、メスを滝沢の肩に突き刺した。


「グギャアアアァァァァーッ!!」


「有夢留も同じ苦しみを味わったろう!!」


「響咲、貴様ーっっ!!」


 滝沢も側にあった医療用のハサミを掴むと、久遠の後ろへ手を回して背中を突き刺した。


「そうだ……!! この痛みだ……滝沢ーっっ!!」


 久遠の脳裏に、まるで走馬灯のように有夢留と交わした言葉が蘇る。



“泣かないで……”


“じゃあないと僕……殺されちゃうかも知れないから”


“泣けなかったんだ。それが僕にとって当たり前だから”


“死んだ方が楽だったろうに!! なぜか死にたくないって……!!”


“僕は天使になりたいんだ”


“好きだよ久遠。僕は久遠だけの天使になるよ……”



 このタイミングで楡崎数馬にれさきかずま達、警察がなだれ込んできた。


「やめろ響咲くん!! 落ち着くんだ!!」


 久遠は手に持っていたメスを、楡崎から取り上げられる。


「……っっう……あ……っあ……っっ!!」


 久遠はよろめきながら立ち上がると、寝台の上にある有夢留の生首へと手を伸ばして、胸の中に抱きしめた。


「――アム……っっ!!!!」


“お願い久遠……泣かないで……僕は久遠だけの天使になるから……――ずっと久遠を……守ってあげる――”



「わ、私は聖ヴェルニカ大学病院の医学教授だ! 今私を見逃せば代価を支払おう! いくらがいい!? ん!?」


 滝沢は必死に作り笑いを見せながら、楡崎へと交渉を持ちかける。

 しかしこの現場を目の辺りにしている以上、イエスとは言えまい。

 当然のように、楡崎は頭を横に振った。


「いくら権力を振りかざしても、想像以上にやり過ぎだ。無理だな」


「私を逮捕したら、後悔する事になるぞ!!」


「それはじっくり署の方で聞かせてもらうよ。連行しろ」


 楡崎は手錠がかけられた滝沢を、部下に指示した。




 こうして滝沢征二の逮捕により、芋づる式に他の仲間達も次々と捕まっていった。

 この事件は、日本中で瞬く間に広がり、大騒ぎとなった。

 だが何よりも日本中を震撼させたのは。


 今まで殺害してきた人間の肉を、、グループのみが経営する食肉加工場で解体、加工され食肉として日本中に出荷していたという事実だ。

 あまりにも事件の内容が残酷無比すぎて、詳細までをメディアも報道できないほどだった。


 果てはひき肉、果てはウインナー、果ては缶詰、小間肉……ドッグフードやキャットフードにまで至った。

 その国中の騒ぎはついに、世界中でも報道され始めた。


 ――自分モ人間ノ肉ヲ食ベタカモ知レナイ――


 その恐怖心を、日本中に植えつける事件となり、出荷元を調べる為に保健所等も動き始める。

 肉類を見るだけで嘔吐する者が増加し、しばらくは魚が多く売れてカウンセラーも大忙しとなった。




 半年から一年後――まるで呪われたかのようにして事件の犯人達が刑務所の中で、次々と奇妙な死に方を始めた。

 クールー病――もしくはプリオン病である。

 メンバー達は珍味とされる脳みそや目の周りを好んで多く食べた。

 よって脳が海綿状態になったのだ。

 死刑は免れない立場ではあったが、こうした病気の発症により死刑以上に加害者達は苦しみもがき、しかしながら笑いながら死んでいったと言う。


 等しくまた、滝沢征二も獄中にて死亡した――。


 これにより国中は自分達も病気になるのではと恐怖に慄いたが、10年が過ぎ、20年が経過したが一般人の中でクールー病を発症するものは幸いなことに、誰もいなかった。

 それはきっと、食したであろう部位と量の違いからだろう。




 一方、響咲久遠はこの事件後、日本国内から姿を消した――。



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