stage37.因縁



 翌日、響咲久遠きょうさくくおん滝沢有夢留たきざわあむるは地方の下町を散策していた。

 土産店や食事処の店が軒を連ねており、有夢留にとっては何もかもが目新しくて飽きない。


「あ! 久遠あのアイスクリーム食べたい!!」


 有夢留に言われるまま、久遠はアイスクリームを買ってあげる。


「……うむ、たまにはこういう甘いのもいいな」


 もれなく久遠は自分のも買って、一口食べて感想を述べつつゆっくりとした足取りではあったが、有夢留よりも先頭を歩いていた。

 当然久遠の後ろを歩いていた有夢留だったが、突然何者かに鼻と口を塞がれたかと思うと、物影に引っ張り込まれてしまった。


「――っっ!?」


 その拍子に、有夢留は手に持っていたアイスを地面に落とす。

 しかし久遠は、気付かずに先を歩き続けていた。

 路地裏に停めてあった車の後部座席に押し込まれて、有夢留が顔を上げるとそこには父親の滝沢征二たきざわせいじの顔があった。


「手間かけさせやがってこのガキッ!」


「パパ……!!」


「出せ」


 滝沢は運転手に命令する。


「嫌だ! 久遠! 久遠ーっっ!!」



 ――「!?」


 今何か聞こえたような……。


「アム?」


 久遠が振り返ると、有夢留の姿がない。


「アム!?」


 久遠は周囲を見渡す。


 どこだ? どこに行ったんだあいつ!!


 来た道を戻ってみると、路上にアイスが落ちていた。


 これは……さっき俺があいつに買ったもの……。


 嫌な予感がした。

 はと脳裏を過ぎる。


 まさか滝沢が探して……!?


「クソッ! 大した執着じゃねぇかよ! 少年なら誰でもいいんじゃねぇのか!!」


 急いで聖ヴェルニカ大学病院に電話してみる。


「滝沢教授は今どこにいる!?」


“少々お待ちください。お名前は?”


「響咲だ! さっさとしろ!!」


 苛立ちを募らせる久遠。


“――お待たせしました。ドクター滝沢は二日前から休暇を取っておられます”


 やはり滝沢がここまで来たのか! 一体どうやって……。


 久遠はそのまま携帯電話の通話を終了すると、今度はとある携帯番号に電話した。


「……――楡崎さんですか!? 響咲です!!」


 早川兄妹が殺害された時に、久遠に事情聴取をした刑事の楡崎数馬にれさきかずまだった。

 

「聖ヴェルニカ大学病院の教授である滝沢征二は殺人を犯しています! 早川兄妹は勿論、自分の妻も殺して今度は息子の有夢留を連れ去った! きっと殺すつもりで――!」


“あの時冷静だった響咲くんが凄い勢いだね。しかし証拠はあるのかい?”


「何……!? 証拠だと!? 今滝沢と一緒にいる有夢留が証拠だ! 殺される前に早く滝沢を捕まえて――!」


“親子である限り誘拐とは認められない為、それだけじゃ捕まえる事は出来ないなぁ”


「じゃあどうすりゃいいんだよ!」


“他にもっと何か物的証拠があればいいけど”


「……――あります! 今、地方に出ているので速達でUSBメモリーを送ります!!」


 久遠は言うなり通話を終了させて、自分の車を置いてある駐車場へと急いで戻った。

 

 ようやく車に辿り着くと、ダッシュボードを開けてそこにあった、USBメモリーを入れた封筒を取り出した。




 有夢留は車内で化学薬品を染み込ませた布で鼻と口を塞がれて、気を失ってしまっていた。

 よって、目が覚めた時見覚えのある、忌まわしき天井が視界に飛び込んできた。

 その場所が自分の家だと判る。

 しかし違和感を覚えて、激しく体を動かしてみるがベッドに両手を広げた状態で、手錠をかけられていた。


「う……っ! チクショウ……!」


 それでも有夢留はもがいてみる。

 すると物音を聞いてからか、父親の征二が部屋に入って来た。


「気が付いたかこのクソガキが」


「……っっ!!」


 有夢留はギリッと歯を食いしばると、この上ない憎悪の眼差しで父親を睨みつけた。


「何だその目は」


「それ以上僕に近寄るな……っ!!」


 有夢留なりの、今この状態で出来る精一杯の威嚇だった。




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