stage33.麒麟



 翌日は、映画で一日を潰した。

 巨大なスクリーンで映画を観たいと言う、滝沢有夢留たきざわあむるの希望だった。

 

 午前中はアビンジャーズなるコミックヒーローの実写版だ。

 正直響咲久遠きょうさくくおんの趣味ではなかったが、有夢留のスクリーンの光でほんのり照らされるその横顔を見る限り、活き活きとした目で映画を楽しんでいるようだった。

 その証拠に昼、レストランで昼食を取りながらすっかり興奮した有夢留の感想を、久遠はたっぷり聞かされた。


 午後、人気アニメの百と百花の神隠しを観せられた。


 3時の喫茶店で、作品の冒頭でご馳走を食べて牛になる、ヒロインの両親のシーンや顔アリのモノマネをしたりと、ここでも有夢留は一人大いに盛り上がっているのを、コーヒーを飲みながら久遠は相手にした。


 夕方は、日本発祥の世界的有名な怪獣モノの映画だった。

 これは少しだけ、久遠も面白いと思ったようだ。

 

 そして当然、旅館では有夢留のちょっとした怪獣ごっこを見せられた。

 これに思わず久遠も面白がって、笑わずにはいられなかった。


 有夢留と出会って以来、珍しく久遠は笑うことが多くなった。

 それはおそらく、有夢留も然りだった。

 一緒にいて、こんなに楽しい時間が過ごせるとは。


 無意識に笑って、楽しんで。

 こんな時間がずっと続く事を――。




 更に翌日。


「わぁ! スゴイスゴイ! 見て見て久遠! ペンギンが行進してる!!」


「分かっている」


 動物園にて、有夢留はペンギンの散歩に興奮して、側にいる久遠の袖を何度も引っ張る。


「人間に慣れてるんだね~。怖がらずにいるんだから」


「だな」


「ねぇ、久遠は動物で何が好き?」


「……――ゾウ」


「え?」


「……アフリカゾウ」


「ええ!? スゴイ意外! てっきりライオンとかかと思った!」


「悪いか」


「悪くないけど、何かカワイイなって……クスクスクス」


「カワ……」


「じゃあ、行ってみようよ。ここ、アフリカゾウもいるみたいだし!」


 有夢留は言うと、久遠の袖を引っ張った。

 そしてアフリカゾウが展示されている柵の前まで来ると、有夢留はポカンと口を開けた。

 ゾウは二頭一緒だった。


「どうした」


「うん……思っていた以上におっきくて……スゴイねー……」


「あの牙と大きな耳が格好いいだろう?」


「あ、そこが久遠のアフリカゾウが好きなポイント?」


「ああ」


「なるほどねー。でも、目は凄く優しそうだね」


「そのギャップがまた、いい」


「うん。分かるー……」


 ゾウのいる柵の側には、木製のベンチがあったので久遠はそこに腰を下ろす。

 一方、有夢留は少しでも近くでと言わんばかりにゾウの柵を両手で掴んで、まじまじとゾウを観察していた。

 10分ほど、二人はそのまま無言でいたが、先に口を開いたのは久遠だった。


「次に行くぞ」


「ん、久遠もういいの?」


「ああ。充分見た」


 言うと久遠は立ち上がる。

 そして歩き出す彼の後を追うように、有夢留は柵から離れた。

 そんな有夢留の後ろ姿を、象はジッと見送っているようだった。



「見て見て久遠! キリンにエサ、自由にあげていいみたい!」


「あげて来い」


「うん!」


 久遠に言われ有夢留は大きく首肯すると、飼育員から草の生い茂った木の枝を貰って、キリンの元へと駆け寄る。

 キリンの飼育場は地上から3メートル程、穴が掘られ更に2メートル程の柵がある造りだった。

 その柵からキリンは首を伸ばし、有夢留が差し出した草を長い青紫色の舌で絡め取り、引きちぎるように且つ優しくむしるとゆっくり咀嚼そしゃくする。


「わぁ~……美味しそうに食べるんだねー……スゴクかわいい」


 有夢留はウットリとした表情で、そう静かに口にした。

 そんな彼の横に立った久遠が、ゆっくりと唇を割った。


「普段ご飯を食べる時のお前と大差ない」


「え……? 僕、かわいいの!?」


 つい口に出てしまった発言に、有夢留から訊ねられ内心久遠は、戸惑う。


「……いや、舌が迎えに来る」


 久遠はそう言ってはぐらかすと、フイと顔を背ける。


「舌が迎えに……」


 一方有夢留は、その言葉に心なしか軽くショックを受けているようだった。



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