stage32.遊楽



「スキー!?」


「ああ、そうだ。お前経験したことないだろう?」


「うん……でも、僕にできるかなぁ?」


「心配するな。最初は皆、未経験だ」


 響咲久遠きょうさくくおんは咥えタバコで車のハンドルをゆっくりと切りながら言った。


「でも道具とかは?」


「レンタルだ」


 助手席で滝沢有夢留たきざわあむるに訊ねられ、久遠は短く答えた。

 こうしてスキー場に向けて、車を走らせた。




「ぅわー! すっごい真っ白! 寒いけど」


 到着して広い雪原を目の前にした有夢留は、息を白くさせながら感嘆の声を上げた。

 山の上にあるスキー場には、たくさんの客が滑りを楽しんでいる。

 カウンターでサイズに合わせてウェアとスキー板などをレンタルしてから、装着する。


「あれ? 久遠のスキー板は?」


「俺はスノボーだ」


「すのぼ??」


「ま、見てれば分かる」


 久遠と有夢留の他に、若い男のインストラクターも一緒だった。



「それじゃあここで、基本を覚えましょうか」


 インストラクターに声をかけられて有夢留は、戸惑いながら久遠を見上げる。

 外の世界で他人と一緒になるのが、不安らしい。


「大丈夫だ。安心して教えてもらえ」


「久遠はどうするの?」


「俺は適当に滑って待っている」


 そう言い残して、久遠は慣れた様子でスノボー板を持って行ってしまった。

 こうしてインストラクターの指導の下、基礎を教えてもらう有夢留。

 

 どうやら有夢留は飲み込みが早いらしく、すぐにコツを掴んで滑れるようになった。

 もっとも、まだ初心者感は否めなかったが。

 後は実績だと言い残して、インストラクターもその場を後にした。

 有夢留は久遠を探しながらヨタヨタと滑っていると、突然雪の波が覆いかぶさってきた。


「わっぷ!!」


 その場にしりもちを突く有夢留は、全身雪まみれになっていた。


「どうだ。滑れそうか?」


 どうやら久遠の仕業らしかった。


「んもぅっ!! 久遠のイジワル!!」


「クックック……とりあえず一緒に滑るぞ」

 

 久遠は咽喉を鳴らしながら有夢留に手を伸ばすと、立ち上がらせた。


 


 こうして3時間ほど滑ってから、二人はスキー場にある喫茶店で温かい飲み物で寛いでいた。

 久遠はコーヒー、有夢留はココアだ。

 生まれて初めて飲むココアに、有夢留は大層喜んだ。


「どうだ。少しは楽しめたか?」


「少しどころか、すっごく楽しかったよ! 次来る時は僕もスノボーに挑戦してみるよ!」


「そうか。何よりだ」


 久遠は目を輝かせる有夢留の反応に、口元を小さく綻ばせるとコーヒーを口へと運んだ。

 そしてこのスキー場の施設内にあるゲーセンでも遊んだ。

 何もかもが、有夢留にとっては初体験で楽しくて仕方ない。

 無邪気にゲームで遊び、たくさんの笑顔を見せる有夢留に、久遠は和む心で見守っていた。

 ――が。




 スキー場からの帰りの車内では、すっかり有夢留はプリプリ怒っていた。


「大体久遠、大人気ないよ!」


「お前が俺を誘ってきたからだろう。俺は忠告したぞ。どうなっても知らないと」


 実はエアホッケーで有夢留は、久遠に惨敗していた。

 しかも、一度負けてもう一回だと言う有夢留の申し出に応えた久遠は、以降5回もプレイした。


「いいじゃないか。詫びにその邪魔臭いぬいぐるみをUFOキャッチャーで取ってやったんだから」


 確かに助手席に座る有夢留の腕の中には、両腕一杯の大きさをした猫のぬいぐるみが抱きしめられていた。


「そうだけど、思い出したらムカつく」


 有夢留は口を尖らせて、小さく呟いた。

 どうやら有夢留は、負けず嫌いなところがあるらしい。

 時間は夕方の5時を回っていたが、空はすっかり夜の帳が下りていた。

 二人は宿泊場に到着すると、仲居に案内されるまま部屋に入った。


「あー、体がベタベタ! お風呂入りたい!」


「シャワー程度で良ければトイレの隣にあるぞ」


「分かった。じゃあ入ってくる!」


 言うなり有夢留は、室内の風呂へと入って行った。

 

 やがて風呂から上がった有夢留は、テーブルにずらりと並ぶご馳走に目を輝かせた。


「海の幸山の幸だ。これはワインじゃなくて日本酒の方が合うな」


 久遠はそうボソリと言った。



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