stage30.首魁



 響咲久遠きょうさくくおんが運転する車の助手席で、滝沢有夢留たきざわあむるは静かに口を開いた。


「これが……本当の“死ぬ”ってことなんだね……」


「……ああ」

 

 短く答えてから久遠は、左折する為にハンドルを切る。


「単純に命が失われることがそうでなくて、弔われてこそがようやくその人の“死”になるんだね……」


「お前が目にしてきた景色が異常だったんだ」


「僕、初めて“死”というものが“悲しい”ものなんだってことが解かったよ……」


「それだけでもお前にとって大きな進歩だ」


 言うと久遠は、左手で有夢留の頭をワシャワシャと少々雑に撫でた。


「久遠……」


 呟くと有夢留は、それがとても嬉しく感じた。




 夜――。

 夕食を終え、風呂も済ませてから有夢留は、久遠のベッドで眠っていた。

 今日は久遠にとって心なしか、寝苦しい夜だった。

 早川兄妹を亡くした気持ちの問題かは判らない。

 久遠はなかなか睡魔が訪れず、起きているついでに携帯電話に収めた、滝沢征二たきざわせいじの家で入手した情報をパソコンに通して、USBメモリーに移した。

 手術用の手袋をはめた手で、USBメモリーを封筒に入れて封をすると、手袋を外しながらデスクの椅子から立ち上がった。


 食器棚からワイングラスを取り出すと、次にワインセラーから赤ワインを取り出して、グラスに注ぐ。

 ワインボトルをローテーブルに置き、グラスを手にソファーに座るとクイとワインを呷った。

 そして一息吐く。

 ローテーブルの向こうにあるベッドで眠っている有夢留が、彼も寝苦しいのかバサリと上布団を払いのけた。


「フ……大した寝相だな」


 久遠は一人、呟く。

 そんな有夢留をしばらく眺めていたが、ふと久遠は眉宇を寄せた。

 上布団ついでにめくりあがっているシャツから、有夢留の横腹が見えたのだがそこにははっきりと分かる、傷跡があったのだ。


 まさかこの傷……滝沢がつけたのか?

 こいつは一体どれだけ辛い目に遭っていると言うんだ!?


 久遠はグラスを片手に立ち上がると、ベッドへと歩み寄りめくれたシャツをそっと戻してやる。


 早川達は助けてやれなかったが……せめてアム、お前だけでも――。


 思いながら久遠はベッドの縁に腰を下ろすと、更にワインを口にした。




 一方、とある場所で4~5人の男達が食卓を酒と共に取り囲んでいた。


「うめぇ……やっぱり最高の珍味だな。これは」


「マグロとかのここ・・がそうであるように、人間もまた等しく旨いものだ」


「滅多に食えねぇから、あの“兄妹”の登場には感謝しねぇとな」


「クッハハハハ! お前、本人を前にして・・・・・・・よく言えたもんだ!」


「この“目の周り”が一番人間は旨いな!」


 そう語る男達の囲む食卓の上には、早川友樹はやかわともき麻衣未まいみの目からくり貫いた眼球が、皿の上に載っていた。

 人間を食した者達は皆、口を揃えて言う。

 人間の部位で一番美味なのは、眼球の周りのゼラチン質の肉だと。

 だが美味なのはあくまでもその周辺だけ。

 メインと思われそうな眼球はと言うと、不味の上に固いので廃棄されてしまうらしい。

 その男達の中には、滝沢も含まれていた。


「体の方は当然工場に運んだんだろうな?」


 滝沢が一人の男に訊ねる。


「ああ。新鮮なうちにな。今頃もうきっちりと解体され加工されてるさ」


 平然と男は滝沢へ答えると、酒を呷った。




 ――朝――

 久遠が窓の外を眺めていると、小さな呻き声とともにベッドで有夢留が目を覚ましたようだ。

 いつもならそこで眠っている筈の久遠がソファーにいないことに気付いて、有夢留は半ば慌てて上半身を起こす。


「久遠……? 久遠! いないの!?」


 キョロキョロ周りを見回す有夢留。


「いるさ」


 ふとベッドの背後にある窓から返事があり、有夢留は後ろを振り向いた。

 そして久遠の姿を確認して、ホッと息を洩らす。


「久遠……おはよう。ひょっとして全然寝てないの?」


「いや、寝たさ。少しはな。お前より一時間前に目を覚ました」


 久遠はコーヒーを片手に答える。


「それよりアム。一週間ほど少し遠出してみないか」


「え……? でも久遠、大学は!?」


「言っただろう。ウィンターヴァケーションだと」


 すると有夢留は笑顔になると、勢い良くベッドから飛び出した。


「うんうん! 行く!!」


「バカ騒ぐな」


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