stage26.黙然
「でもでも! 久遠、危険だよ! それにもしここに早川さんが来た場合、どうしたらいいの!?」
「う……っ!」
しばらく黙考した後、ふと久遠は顔を上げた。
「滝沢のケータイに電話すればいい」
「大丈夫……?」
「電話なら問題ない」
久遠は心配する有夢留の言葉に答えてからブラックコーヒーを一口啜ると、携帯電話を改めて手に取った。
そして滝沢の番号を選択すると、接続した。
もちろん非通知で。
しばらくコールが鳴った後、相手へと繋がる。
“はい”
「おはようございます滝沢教授。響咲です」
“おや響咲、君か。朝から電話してくるとは、どうかしたのかね?”
「この前はご自宅へのお誘いありがとうございました。翌日は私も二日酔いに悩まされまして、すぐにご連絡できずに申し訳ありませんでした」
“そんなことか。いや、気にしないでくれ”
「気にしますよ。教授の方が先に酔ってしまって寝室に行ってしまわれたので……その後大丈夫でしたか?」
“ああ。ただの酔い潰れだよ。ところで……”
「……はい?」
しばらく沈黙になる
“君に聞いても仕方ないかも知れんが……うちの息子はその後どうしたか知らないかね?”
当然と言えば当然だが、やはり有夢留のことを聞いてきた。
だが久遠はもっともらしく、とぼける。
「息子さんですか? あいにく私は何も。私が教授の自宅を出る時はまだ、家にいましたが……どうかされたのですか?」
“いや、その、私も探してはいるのだが……”
「もしかしていなくなったのですか!? それは大変だ。まだお年は14歳でしたよね? 早速警察に電話を……!」
警察という言葉に滝沢は慌てたように答えた。
“いや、いつものことではあるんだ。もう少し自分で探してみるよ”
「そうですか……?」
“ああ。気にかけてくれてすまないね”
「いえ……ところで教授。私の方も人を探してましてね」
久遠の電話の様子を、有夢留は心配しているのか食事の手を止めている。
“人を? 誰をだね”
「早川です」
“……早川……?”
電話越しながら、滝沢の声のトーンが変わったのが判った。
「覚えていらっしゃいますか?」
“ああ……確か君と一緒にいた……”
「その程度でしか覚えていませんか」
“どうしてだね?”
「早川の妹が行方不明になって警察騒ぎになったので、もう少し強い印象を持ってくださっているかと思ったのですが」
久遠の核心を突いた疑問に、電話の向こうで滝沢が僅かに動揺したのが判った。
“そ、その、当時私は仕事が忙しかったものだからね。それで、早川がどうかしたのかね”
「突然、連絡が取れなくなったのです」
“連絡が?”
「はい」
“それでどうして私なんかに?”
「実はこの前、教授の家の前で偶然にも行方不明になっていた早川の妹に出会ったものですから」
“何……!?”
「随分外見や言動が変貌していたので驚きましたが、とても元気そうでした」
“そ、そうなのかね……”
「早川の元へ連れて帰ろうとしたのですが拒否されてしまったものですから、再会しやすいように私が兄妹との段取りを組んだのです」
“君が……?”
「はい。どうやら早川は妹と再会できたらしいのですが、以降ぱったりと連絡が途絶えてしまって……」
“なぜそれで、私なんかにこの電話を……?”
滝沢の声が、警戒を含み始めたのが判る。
しかし久遠は容赦しない。
「先程も言ったように、たまたま教授の家の前で早川の妹に会ったので、一応何か教授は知らないかと思いましてね」
“悪いが響咲、私は仕事が忙しくて早川については本人も妹の方も、何も知らないんだ。他を当たってくれ”
言うや滝沢は、一方的に通話を切ってしまった。
久遠は携帯電話を耳から離すと、しばらくそれを見つめた。
「ど……どうだった久遠……?」
有夢留は不安そうにおそるおそる、彼に尋ねた。
「ああ。滝沢は何か隠している。そしておそらく、早川についても何か知っている」
「警察に通報する……? 早川さんの妹を見つけたとか言えば……」
「無理だ。見かけはしてもあの子の居場所まで、俺も分かっていない。事件でも起きない限り、警察は動かない……」
久遠は片手に携帯電話、もう片手の親指で下唇を撫でながら思案していたが、はたと親指の動きを止めた。
「GPSがある」
「じ、じーぴー……?」
キョトンとする有夢留に、久遠は答える。
「ケータイに組み込まれている追跡装置だ」
「へぇ~、ケータイって、便利なんだねー」
感心しながら有夢留は口にする。
「朝食を済ませたらすぐに行動開始だ」
久遠は言うと、トーストにかじりついた。
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