stage25.疑惑



 早川友樹はやかわともき早川麻衣未はやかわまいみの兄妹が走り去ったのを、響咲久遠きょうさくくおん滝沢有夢留たきざわあむるの二人は顔を見合わせると大きく互いに首肯してから立ち上がり、一緒に二人の後を追った。

 すると公園の前に黒い車が停まっており、麻衣未はその車の後部座席に飛び乗って、急いでドアを閉める様子が見えた。


「おい! ドアを開けろ! どういうことだ麻衣未! 誰と一緒なんだ!!」


 友樹が車のドアを開けようとするが、ロックされていてそれが叶わない。

 直後、車は急発進した。

 友樹はまるで車から振り払われるようにして、よろめく。


「待て……っ! 待て! 俺の麻衣未をどこに連れて行く気だーっ!!」


 体勢を立て直してから友樹は、必死でその車を追いかけ始める。


「これはマズイことになっちゃったよ久遠!」


「ああ……まさか他にも誰かいて待機していたとは……」


 焦る様子の有夢留に、久遠も渋面して口にする。

 このことを一体どうやって友樹に伝えるべきか、この短い時間で久遠は悩んだ。

 ひとまず車と友樹の後を、久遠と有夢留は追った。

 だがしかし、車はともかく友樹も相当走ったらしく、十字路でどっちに行ったのか分からず、その足を止めた。

 舌打ちする久遠に、有夢留が戸惑いながら彼を見上げた。


「どうする久遠……僕がアジトに戻って、麻衣未ちゃんを連れ戻そうか……?」


「いや、それはダメだ。俺が許さない」


 咄嗟に久遠の口から出た、自然な言葉だった。

 思いがけない彼の言葉に、有夢留は少し驚きを覚える。


「早川は見失ったが、大丈夫だ。あいつは俺の家を知っている。必ず俺を訪ねて来るはずだ。ひとまず俺らは寮に帰って早川待ちだ」


 言うと久遠は、寮の方へと足を向けた。


「う、うん」


 有夢留も少し遅れて、久遠の後に続いた。




 一時間が経過し、五時間が経過し、ついには半日が経過したが、友樹が久遠を訪ねて来ることはなかった。

 夜も11時になろうとしており、有夢留は待ちくたびれて眠ってしまった。

 有夢留はともかく、久遠は友樹待機に備えてアルコールも飲まずに、夜を過ごしていた。


 これだけ時間が経過しても早川が訪ねて来ないのは、もしかしてあれから妹を解放してもらったのだろうか。

 あながち心配しているのは自分だけで、ひょっとしたら家に戻ったのかも知れない。


 などと考えながら、久遠はコーヒーを一口啜る。


 ひとまず12時まで待ってみて、来なければ明日に備えよう。


 そうして久遠は窓枠に軽く腰をかけると、タバコを一本咥えて火を点けた。

 大きく煙を胸いっぱいに吸い込むと、紫煙をゆっくりと吐き出す。

 窓から夜空を見上げると、闇を穿つようにして無数の星々が瞬いていた。




 翌朝、久遠がソファーで目を覚ますと、今回もまた有夢留が目の前で膝を抱え、そのあどけない碧眼で彼の寝顔をジィッと見つめていた。


「……」


「おはよう久遠!」


 目を開いた彼に、有夢留は満面の笑顔を見せる。


「お前はいつからそうしていた」


「んー……二時間前くらいかな?」


「そんな暇があったなら本でも読んで、知識を身につけていれば良いものを」


 久遠は毛布を払い除けると、ソファーから立ち上がって両腕を天高く突き上げ大きく伸びをした。


「だって僕、字の読み書きできないもん」


「……」


 久遠は伸びをした格好のまま制止すると、無言の後大きな溜め息と共に両腕を下ろした。


「今度俺が教えてやる……」


「ホント!? わぁい! ヤッタネ♪」


 有夢留は跳ねるように立ち上がると、二回ピョンピョン弾みながら喜びを露にする。


「ひとまず洗顔と歯磨き」


 言いながら久遠は、フェイスタオルを有夢留の顔面へ投げて寄越すと、キッチンに立って朝食の準備を始めた。


 今日の朝食メニューはトーストの上に目玉焼き、そしてウィンナーとフルーツ、牛乳とコーヒーだった。

 食事中、久遠は友樹のケータイに電話してみた。

 訪ねて来ないのはおろか、連絡もないのでいよいよ以って心配になってきたのだ。

 しかし、ケータイの向こうでは機械的に電源が入っていないことを知らせるアナウンスが繰り返されるだけだった。


「電源が入っていないのはおかしい……」


「え?」


 久遠の呟きに、フルーツを口に運びながらキョトンとする有夢留。


「早川のケータイが通じない。何かあったのかも知れない」


「ええ!?」


 久遠の言葉に、今度は驚きを露にする有夢留。

 口に運んでいたフルーツが、テーブルの上に転がる。


「朝食を済ませたら滝沢征二たきざわせいじの家に行ってみる。何か分かるかも知れない」


「え!? 行ってみるって、僕は!?」


「お前はここで留守番だ。誰が来ても絶対にドアを開けるんじゃないぞ」


 言うと久遠は携帯電話をテーブルに置いて、朝食に手を付け始めた。


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