stage24.兄妹




「ああ、響咲。……その子は?」


 青白い顔をした早川友樹はやかわともきが、フードの中から訊ねてきた。


「……拾った」


「ハ!?」


 響咲久遠きょうさくくおんの一言に、友樹がそう訊ね返した。


「落ちていたから、拾った」


 確かに当たらずとも遠からずだ。


「拾ったって……犬や猫じゃあるまいし……」


「話せば長い。今は俺が面倒を見ている」


「そうか……理由は分からんけど、とりあえず麻衣未まいみは本当にここに来るんだよな?」


「それは分からない。ただ、確かにお前の妹にこの公園にお前が来ることは伝えた」


 久遠は言うと、別に買っておいた缶コーヒーをポンと友樹に投げて寄越した。


「まぁ座れ」


「あ、ああ……」


 久遠に促されて友樹は、彼の隣にぎこちなく座る。


「しかし麻衣未はどうしてお前の元へ……」


「俺の元じゃあない。お前の元に来るはずだったんだ」


「え……?」


 久遠の言葉に、友樹はフードを脱ぎながら疑問の表情を浮かべる。


「あの大学寮の敷地内にいたのを俺が見つけたんだ。お前の妹は、まさかお前が大学を辞めているとは、知らなかったからだ」


「そ、そうか……麻衣未が俺を訪ねて……!」


 友樹は声を震わせながら言った。

 すると公園の敷地内に、茶色のロングヘアをした女の子が入って来た。

 顔を俯かせ、重そうな足取りでゆっくりとこちらへ歩いて来る。

 久遠と滝沢有夢留たきざわあむるの二人は、それが早川麻衣未はやかわまいみであることがすぐに分かったが、二ヶ月以上経過したことで彼女の髪が伸びていることとその色で、友樹はまだ気付いてはいなかった。

 友樹は正面を向いたまま缶コーヒーをあおり、肩を項垂れながら大きく一息吐いている。

 そんな彼の前へ、麻衣未はやって来ると立ち止まった。


「……?」


 友樹は不思議そうにその少女を見上げ、見つめたが少しずつその表情は驚愕のものへと変わった。


「麻衣未……? 麻衣未なんだよな!?」


「うん……お兄ちゃん……」


 彼女はどことなくバツが悪そうに答える。

 直後、友樹は麻衣未を抱きしめていた。


「良かった……! 良かった麻衣未が無事で!」


「無、事……?」

 

 兄の言葉に疑問を口にする麻衣未。


「ああ、そうだよ麻衣未! お前が生きていてくれて本当にお兄ちゃんは安心した……!!」


 友樹は歓喜のあまり涙を流しながら、更に麻衣未を強く抱きしめる。


「ちょっ……お兄ちゃん、苦し……っ!」


「あ、ああ、ごめんよ麻衣未」


 麻衣未の訴えに、友樹は慌てるように妹から体を離す。


「まぁ、その、何だ。立ち話も何だから……」


「ああ、俺達が退こう」


 久遠と有夢留はベンチから立ち上がると、隣にあるもう一つのベンチへと移動した。


「座れよ麻衣未」


 兄に促されて麻衣未は、友樹の隣に座る。


「しかし何だな……何つーかその、少し見ないうちに大人っぽくなったな麻衣未」


 友樹は涙を必死に拭いながら、笑いを含めつつそう声をかけた。


「お兄ちゃんこそ、少し見ない間にすっかり老け込んだわね」


 そう口にした麻衣未は動揺することもなく、全く冷静だった。


「口調まで大人びてんのか」


 友樹はクスクス笑った。


「そうよ。すっかりあたしは大人びたわ」


 言うと麻衣未は、手にしていたバッグから何かを取り出した。


「……それは……タバコ……?」


 途端に笑みを消す友樹を無視して、麻衣未はタバコを一本取り出すと口に咥え、ライターで火を点けようとした。

 直後、凄い勢いで友樹が麻衣未の手からライターを叩き落し、口からタバコを取り上げた。


「ちょっと何するのよ!」


「何やってんだ麻衣未! お前まだ12だぞ!? タバコなんか――!!」


「年齢なんて関係ないわ! いい!? お兄ちゃん! あたしは変わったのよ!!」


「髪だってそんな色に染めたりして!! おいで麻衣未。父さんと母さんの元に帰ろう!!」


 言い争ってから友樹は麻衣未の手を取ると、強引に引っ張った。


「やめて! 放してよ!!」


 兄の手を、力一杯振り解く麻衣未。


「あたしはもう家には帰らない!! だからパパとママにも会わない!! なぜならあたしはもう変わってしまったからよ!! それこそ人生そのものがね!!」


「麻衣未!?」


「今更どんな顔してまた学校に通い始めればいい!? 今更どうやって友達と遊べばいい!? 無理よ! もう全てがね!! あたしはそれをお兄ちゃんに伝える為にここに来ただけだから!! じゃあ、バイバイお兄ちゃん!!」


 麻衣未はまるで心の中の悲鳴を彷彿とさせるかのように叫ぶと、泣きながらその場から走り去った。


「麻衣未! 待て!!」


 そんな妹を、友樹は追いかけて行った。


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