stage23.朝食



「……おいアム。まだ起きてるか?」


 しかし滝沢有夢留たきざわあむるは目を閉ざしたまま、返事をしない。


 もう本当に寝たのか。

 よっぽど俺は安心できるのか。

 ……確かにあんな異常な家なら仕方ないだろう。

 しかもこの俺までも、知らない内に標的にされている――。

 そういやこいつ、いつも長袖を着ているが、もしかして……。

 

 響咲久遠きょうさくくおんはソファーから立ち上がると、ゆっくりとベッドへ歩み寄る。

 すると偶然、ふと目に入った袖が捲くり上がって見えた有夢留の腕のアザ。


 この手首のアザは……手かせ……?

 今の時代に手かせなんかあるのか? 

 つまりこいつは、それ程辛い目に遭っていると言う事か!


 久遠は無意識に、有夢留の金髪を指先でそっと撫でていた。




 翌朝――。

 久遠がソファーの上で目を覚ますと、目の前には有夢留が膝を抱える格好で座って、彼をジィッと透き通るような碧眼で見つめていた。


「……」


「……おはよ久遠。目、覚めた?」


「……見て解かるだろう」


 ニコッと笑顔を見せる有夢留に、久遠はぶっきら棒に答えてから上半身を起こした。


「久遠、大学は?」


「……今日から休みだ」


「そっか」


「……」


 久遠は毛布を払いのけると、ソファーから立ち上がった。


「お前、嫌いなものは何がある」


「え……? ――ん、っと……――」


 それがどういう意味か有夢留が考えあぐねていると、勝手に久遠が決定してしまった。


「ないな」


 言うや久遠は冷蔵庫を開けると、卵やらベーコンやらを取り出し始めた。


「朝飯だ。腹減ったろう」


 これに有夢留は満面な笑みで頷いた。


「うん!!」


 久遠は慣れた手つきで朝食を作り始める。

 10分もしないうちに、ソファーの前にあるローテーブルには、シリアルの他にスクランブルエッグとベーコンとパン、ベビーリーフのサラダ、牛乳、コーヒーが並んだ。


「食え」


 久遠のぶっきら棒な言葉に、有夢留は目の前の朝食に目を輝かせた。


「いっただきまぁ~す!」


 有夢留は合掌して言うと、すぐさまがっつき始めた。


「そんなに慌てて食うな」


「ング……! 僕、朝食とか今まで一度も食べたことないから、嬉しくて。憧れてたんだ、こういうの!」


「……朝昼食ブランチもか?」


「うん。僕は一日一食が基本だったよ。夜ご飯だけ」


「それでそんなにひ弱で細いのか。それじゃあ治る傷も治らないだろう」


 これに有夢留は、食べる手を止める。

 口の中にある物を嚥下えんげすると、有夢留は口を開いた。


「そう言えば、久遠はあの時から優しかったね」


「あの時?」


「うん。意識を失って倒れている僕を、久遠が拾ってくれた時。今まで僕の周囲は誰もしてくれなかった傷の手当てを、久遠はしてくれた。最初は戸惑ったけど、嬉しかったなぁ……」


「ああ、あの時か。別に当然のことを――」


「その“当然”が僕の人生にはなかったんだよ。だから、とっても新鮮!」


 久遠の言葉を遮ると有夢留は、ニッコリ笑って再び朝食にありつくのだった。




 午前10時前。

 いつもの公園で、久遠はベンチで缶コーヒーを飲んでいた。

 その隣では、有夢留が嬉しそうに鳩にエサを与えている。


麻衣未まいみちゃん、来るかなぁ……?」


「さぁな。だが早川は間違いなく来る」


 有夢留の言葉に、久遠が答えた矢先、公園の敷地内にフードを深く被った人物が現われた。

 二人はフードに隠れている顔を凝視する。

 その人物は、二人に気付くとこちらへ歩み寄って来た。


 ――早川友樹はやかわともきだ。


「来たか早川」


 久遠は冷静に声をかけた。



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