stage22.母親
一応フローリングにはカーペットを敷いてはいたが、何だか手持ち無沙汰で落ち着かない様子の
「あ……」
「使え」
「うん……」
有夢留は頷くと、そのクッションをギュッと抱きしめた。
暫しの沈黙。
久遠は黙って立ち上がるとキッチンへ歩いて行き、ドリップポットからコーヒーを淹れ始めた。
そんな中、先に口を開いたのは有夢留だった。
「久遠は優しいね」
「何だと?」
クッションを抱きしめて、そこに顎を乗せてから笑みを湛えて言った有夢留の発言に、久遠は眉間に皺を寄せる。
しかし久遠の疑問を受け流し有夢留は、言葉を続けた。
「僕の周りの大人の人達はみんな、誰かを殴ったり殺したりを笑いながらする人ばかりだったんだ」
「笑いながら、人を殺す……?」
久遠は顔を顰めながら、コーヒーの入った黒のコーヒーカップを手に、ソファーへゆっくりとした足取りで戻ってくる。
そして久遠がソファーに腰を下ろすのを確認してから、有夢留は静かに語り始めた。
「僕のママは金髪白人の人種で、二年前にパパから殺された。今でも忘れないよ……パパに僕の目の前で犯されながら、すぐに死なない程度に何度もナイフで刺されるママの顔……」
「
確かに滝沢の家で残酷な物をいろいろと見てきたが、よもや自分の妻を、しかも“殺して”いるとは思いもしなかったので、久遠は衝撃を受けた。
「でもその時、僕は泣かなかった。泣けなかったんだよ。そういう日常が僕にとって当たり前で、ママは少しは優しかったけど、もしママに何があっても絶対に泣いてはダメよって……言い聞かされていたから」
「お前……」
有夢留は俺よりも最悪な生き方をしている!?
久遠は内心、思ったが努めて冷静にと、コーヒーをゆっくり口にする。
しかし直後、有夢留は思いがけない言葉を口にした。
「僕は久遠に出会って思ったんだ。ママみたいに優しいなって」
「マ、ママ!?」
危うく吹き出しそうになった口の中のコーヒーを、必死に飲み込んだ。
自分で言っておきながら有夢留は、少し黙考して言い直した。
「ううん、それ以上に……ママは僕に優しかったけど、何かあっても助けてはくれなかった。怖がるだけで。でも久遠は僕を助けてくれようとしている」
「べ、別にそんなつもりはない。俺は人の常識として当たり前のことをしているだけだ」
「僕、今までいろんな大人の男の人達の慰み者になってきた。嫌だったけど、もう慣れてしまって僕ももう、何も考えないようにしてきた」
「成る程……滝沢がアムを手放したくない理由はそれか」
久遠は神妙な面持ちで言うと、コーヒーを一口啜ってからテーブルの上にカップを置く。
そんな彼の手の動きをぼんやりと見つめながら有夢留は、どこか悲哀を含んだ微笑みを浮かべる。
「でも、今こそ心から思うよ。今までずっと嫌だったけど僕……久遠になら抱かれてもいいよ」
これに久遠は眉宇を寄せると、嘆息を吐いた。
「……お前にとってはそれが普通なのかも知れない。だが俺の普通は女以外は抱かないことだ。悪いな」
すると有夢留は儚げに微笑んだ。
「クス……ヤダなぁ。謝らないでよ。久遠は何も悪くないよ。おかしいのは僕の方なんだから……困らせたりしてごめんね久遠」
暫しの沈黙の中、ポツリと有夢留は呟いた。
「女以外か……なら僕、女に生まれたかったな」
「アム……」
久遠は複雑な表情を浮かべる。
「僕、もう今日は寝るよ!」
突然明るい声で弾ける様に言うと有夢留は、抱きしめていたクッションをポンと久遠に投げ返した。
「ねぇ僕、どこで寝たらいい?」
立ち上がりながら有夢留が訊ねる。
「ああ、俺のベッドを使え。俺はソファーで寝る。枕だけは自分のを使うから、お前はクッションを枕代わりにして――」
久遠は言いながら立ち上がりクッションを手にベッドに歩み寄ると、枕とクッションを交換してふと有夢留へと顔を向けた。
瞬間。
有夢留が素早く久遠の口唇にキスをした。
「……!?」
驚愕の表情で後方へよろめく久遠。
「おやすみ久遠」
有夢留は何事もなかったようにベッドに潜りこみ、目を閉じて眠りに入る。
久遠はそっと口唇を指先で撫でた。
枕を抱えながら、改めてソファーに身を委ねる。
有夢留は愛情を求めている……だとしてもこのキスはどういう意味のキスだ?
親子愛としての?
それとも……いや、まだガキの有夢留がそこまで深い感情に芽生える筈がない。
まだ短いし……。
そう考える久遠の恋愛意識は、ずっと勉強ばかりしていたので世間よりも感覚がズレている所があった。
よって導き出された結論は。
きっと俺に親としての愛を求めてのキスに違いない。
親としての……。
俺が母親にキスという愛情表現を求めたように……。
それが久遠が判断した答えだった。
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