stage21.稚気




「何て、惨たらしい……!」


 そう歯を食いしばりながら響咲久遠きょうさくくおんが発した言葉には、強烈な怒気が含まれているのが分かった。

 久遠はUSBメモリを取り出すと、それをパソコンに差し込んで証拠となり得る残酷な内容を、全てコピーした。

 本当は壁に貼られている自分の写真も破り捨てたかったが、滝沢征二たきざわせいじに早々にバレるわけにはいかないのでぐっと我慢した。

 残す部屋は滝沢が眠る寝室だったが、もうこれ以上は用がないとばかりに久遠は、階下へとおりた。


「確かここは、地下室があるな?」


「う、うん……でもそこは……」


「大体の見当はつく。俺も医学生だ。多少のことなら受け入れられる」


 そうして向かった地下室は案の定、鉄臭い匂いで満ちていた。


「ここで死体を扱うんだな?」


「うん、そうだよ……血だらけの床や壁に飛び散った血とかを、僕が掃除させられるんだ……」


「何!? まだ子供でしかないお前が!?」


「うん……」


「つくづく最低な男だな滝沢は」


 吐き捨てると久遠は、寝台や流し台、タイルの敷き詰められた床、医療道具などを写真に撮っていく。

 そしてそれが一通り終わると、久遠は踵を返した。


「帰るぞアム」


「え……?」


「何だ。まだここにいたい・・・・・・のかお前は?」


 彼の力強さがこもった言葉に、滝沢有夢留たきざわあむるは心の底から、とても温かい泉が溢れてくるような気持ちを覚えた。


「僕、ここから出られるの……!?」


「お前次第だ」


「行くっ!!」


「ならば来い」


「うん!!」


 有夢留ははしゃぐようにして、久遠と一緒にこの家の外に出た。

 するとタイミングが良いのか悪いのか、丁度早川麻衣未はやかわまいみとばったり出くわした。


「あれれ? 久遠お兄ちゃん、リーダーの家で何やってたの?」


 麻衣未が半ばからかうように言うので、久遠は溜め息を吐いて答えた。


「以前に言ったはずだ。ここのリーダーとやらは、俺と早川友樹はやかわともきが授業で受けている教授で、さっきまで一緒に食事をしていたんだ」


「え!? そうなの? じゃあもしかしてお兄ちゃんも――」


「いや、俺だけだ。早川は明日の朝10時に、君に会いにやって来る。俺がそう伝えたからだ。俺がここに食事に呼ばれるよう仕組んだ本当の目的は、君を見つける為だ。こうも手っ取り早く見つかってくれて、俺も苦労せずに済んで良かったよ」


「え? え?? お兄ちゃんがあたしに会いに? どこで?」


「例の、いつもの公園だ」


「そう……なんだ……」


「来るか来ないかは君次第だが、早川は確実に来る。用はそれだけだ」


 久遠は呆然と立ち尽くす麻衣未に言い残して、有夢留と一緒にその場を立ち去って行った。



 その後二人は特別話すこともなく会話もないまま、タクシーにぼんやりと身を任せ、電車に揺られて、最後は徒歩で聖ヴェルニカ大学病院の寮にある、久遠の部屋へと帰って来た。

 久遠は相変わらず無言のまま、しかしここでようやく盛大な溜め息と共にソファーに身を投げた。

 有夢留は、最初は父親のいる家から連れ出してくれた久遠に喜びを露にしていたが、それからはずっと無言を貫いている彼に戸惑いを覚えてからは、玄関で靴も脱がずにモジモジするしかなかった。

 久遠はソファーに背を預けたまま顔は天井に向けて目を閉じていたが、ふと目を開けて顔を平行に戻す。


「どうした。中に上がらないのか」


「あ、その、うん……い、いいの? その、上がっても」


「お前が他に行く所があるのならその必要はない」


「お、お邪魔します!」


 久遠の素っ気ない言葉に、有夢留は慌てて中へと上がった。

 そしてどこに身を置くべきかともたついてから、ぎこちなさそうにソファーの前にあるローテーブルの前にチョコンと座った。

 これに久遠が小さく咽喉の奥で笑った。


「お前はまるで、拾われたばかりの小型犬のようだな」


「そ、そんな! 小型犬だなんて! ボ、僕はただ……」


 一丁前に口答えしながらも、結局どう言えばいいのか分からずに口ごもる。


「響咲さん」


「久遠でいい」


「え?」


「何度も言わせるな」


 久遠は相変わらず素っ気なかったが、その言葉が有夢留はとても嬉しかった。


「うん! 分かったよ久遠!」


 有夢留は今日一番の、とびきりの笑顔で喜びを露にする。


「フン……それでいい」


 久遠は鼻を鳴らしつつ、僅かだが口角を引き上げるのだった。


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