stage16.少女
夜――。
数台のジュースの自販機と並んで、肩身が狭そうにタバコの自販機があった。
久遠はコインを入れると、迷うことなく本命のタバコのボタンを押す。
落下音と共に出てきたタバコを取り出すと、そのまま箱から一本取り出して口に銜え火を点ける。
そして大きく煙を肺一杯に吸い込むと、ゆっくりと吐き出しながら寮に向かって歩き出す。
さて……
明日午前中だけ大学に行って午後から休むか。
まぁどのみち後三日でウィンターヴァケーションに入るし、授業内容も予習復習がほとんどだから行っても意味はないが、ここはあの滝沢を探る為にも少しだけでも、大学に顔を出しておかないと……。
そういろいろ考えながら門の中に足を踏み入れた時、ふと人の気配を感じた久遠は警戒しながらその方へと振り返った。
「クスクスクス……」
その人物は声を押し殺すように笑い出す。
その感じからすると、女を思わせる。
「……誰かに用でも?」
久遠はいかがわしく思いながら、そっと暗闇に声をかける。
「クスクス……何だか……気持ちのいい夜だから、こんな日は大好きな人に逢いたくなっちゃってさ。でもきっとあたしを見つけたらお兄ちゃん、慌てて家に連れ戻しそうでそう思うと逢いにくいしねー」
その人物は暗闇の中から姿を現すことなく、そう語った。
「……君はまさか……」
しかし久遠が知っている人物はこんな物言いはしない。
「だからここまで来たのはいいんだけど、どうしようか迷ってたらちょうどあんたがここを通ってくれたものだから、思わず隠れたけどやっぱり知ってる人に声をかけられると、その懐かしさに思わず嬉しくなっちゃって笑っちゃった!」
“お兄ちゃん”“家に連れ戻す”“自分を知っている”
このキーワードで久遠は、確信した。
「……やはり君は、
「エヘへー! ピンポーン! 大正解!」
そう言って嬉しそうに麻衣未は、久遠の前に飛び出してきた。
しかし、街灯に照らし出された麻衣未の姿に、久遠は目を疑った。
とても以前の彼女とは思えない変貌振りだったからだ。
髪を染め、露出度の高い服装に、派手なメイクをしたまるでコギャルの様な外見になっている
多少、
「君は一体何をしているんだ……」
久遠は驚きよりも呆れた様子で、静かにそう言った。
「何って、人生面白おかしく生かせてもらってるわよ! ご心配なく!」
「ご心配なくではないだろう。君は自分の置かれている状況を理解しているのか」
「理解しているから今の私がいるんじゃない」
「……」
確かに麻衣未の言う事も一理ある。
「そりゃ最初は凄く怖かったけど、もう今は平気よ! すっかり今の生活に馴染んちゃって、もう前の生活に戻る気はないの。でも
「そういう問題ではないだろう」
「大問題よ! だって今の生活の楽しさを知っちゃったら前の生活なんて退屈なだけじゃん! もうあたしは大人の世界知っちゃってんだから、今更子供の世界には戻れないわよ」
「……子供だな」
「ちょっとあんた何聞いてんの? あたしの言ったこと聞いてた!?」
「そうやって自分の事しか考えられないところからすると、まだ君は子供だ。君の兄がどんな思いでいるのか、まるで考えていない。今でも必死で君を探している。どれだけ彼が苦しく辛い思いをしていると思っている」
「……じゃああたしを前の生活に戻さない保証があるなら、お兄ちゃんの前に姿を現してもいいわ。――その時はあたしのこの大人になった体で、お兄ちゃんの身も心も癒してあげるんだから。ウフフフ」
「その低度な考え方が子供だと言うんだ」
すると麻衣未は12歳の少女ならではのヒステリーを起こした。
「子供じゃないわよ! 自分の事しか考えていないですって!? 自分の事しか考えてないのはどっちよ! 結局今のあたしがこうしているのも、そういう大人達のせいじゃないの!? 自分の満足の為に子供の気持ちも考えもしないで、自分の理想や意見を押し付けてんのは大人じゃないの!? 裏に行けば性欲として、表に行けば自分達の立場としてね! 汚い大人達の手で今のあたしにしておいて、元の生活に戻ったら今度は親達、大人の立場や都合で子供らしくしろとか、そんな不潔で下品な行為や格好をするなとか、そんな大人達は自分の事しか考えてなどいないって言えるの!? じゃああたしの気持ちはどうなるの!? 今の世の中なんて矛盾だらけじゃない!! 違う!?」
「それならば自分の意見を貫き通せばいい。確かに今の世の中は矛盾だらけだろうか、だからこそ自分で行動して道を切り開いていけばいいではないか」
「そんな簡単にいくわけないじゃん!!」
「……それで、じゃあ君はどうしたいんだ」
「……」
「そんな事を理由にして現実から逃げるのか。周囲など放ったらかして」
「……あたしは……」
「君が決めることだ。どうするかはな」
すると突然、麻衣未は久遠に抱きついてきた。
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