stage11.跋扈
部屋に帰ると、
そして面倒そうに白シャツのボタンを外していくと、無造作にそのまま脱ぎ捨てる。
黒いタンクトップ姿になった彼は、玄関のドアに凭れかかったまま大きな溜息を吐くと、すぐ隣にある冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、ガブリと口に流し込む。
その時、小さくドアをノックする者が現われた。
久遠がペットボトルを持ったままの方の手で、ドアレバーをガシャリと下げてドアを開けると、そこにはあの少年が気まずそうに立っていた。
「……まだ何か用か」
「あ……その……」
「別に言いたくないのを無理矢理聞き出すつもりはない。早川の件を話したくなくば俺にとって、お前などもう用はない。帰れ」
久遠は冷たくそう言い放つと、そのままドアを閉めようとした。
それを少年は慌てて引き止めた。
「待って!!」
少し動きを止めて、再び閉じかけたドアを開けると、うざったそうに尋ねる。
「……何だ」
「ま……
「……生きてる……?」
久遠は顔を顰めると、少し考えてから大きくドアを開けて少年を招き入れた。
「入れ」
「あ……お、お邪魔します……」
少年は戸惑いながらも、部屋の中に入って来た。
ドサンとベッドに腰を下ろすと久遠は、少年にソファーへ座れと促す。
おそるおそるソファーに座る少年を確認しながら、久遠は尋ねた。
「早川の妹の居場所を知っているのか」
「ううん、知らない」
「知らない?」
「うん。知らないけど、時々会うんだ」
「会う?」
「う、うん……あの……今から話すことは僕から聞いたなんて、誰にも言わないで。じゃあないと僕……殺されちゃうかも知れない……から」
「……」
こいつ、そんなに命をかけるような環境で生きているのか?
そう思いながら、久遠は頷く。
「いいだろう」
それを確認してから少年は、ポツリポツリと語り始めた。
「麻衣未ちゃんと初めて会ったのは二ヶ月前……僕があなたに彼女の遺留品を持って来た日だよ。時々僕の家を出入りする男の人が、あの子を連れて来たんだ。あの子の泣き叫ぶ様子からして、どこからか誘拐された事がすぐ分かった。四ヶ月に一度の割合でそうやって連れて来られる少年少女を、僕は幾度も見てきた」
少年の話に耳を疑う。
四ヶ月の割合で子供が誘拐されてくるのを、見てきただと?
それはどう考えても、犯罪が繰り返されているという事ではないか!
「ごくたまに、大人の男女の時もあるけど、大人をさらう時は大概特別な目的がある時だけなんだ。ほとんどは、僕の周囲は子供を担当しているみたいで、大人の担当はまた別のグループだと思うんだ」
「……」
顔を顰めている久遠に気付いて、少年は悲しげに微笑む。
「さっぱり意味が分かんないでしょ? そりゃそうだよね。だって僕が住む世界は普通じゃないんだもの……。僕がいる世界は、闇社会の中でも最も残酷を逸する犯罪世界、
「……エロト……マニスト……」
久遠は全身に強い電撃を浴びる様な、酷い衝撃を受けた。
西欧に住んでいる時、聞いた事がある。
西欧の首都にあるイーストエンドという町は治安が悪く、犯罪の多発地帯で、その犯罪の中でも群を抜いて裏で囁かれている多くの犯罪が、エロトマニストによるものだった。
そのあまりにも凶悪で闇深く潜み行われている犯罪は、警察さえもその複雑さに手を焼き、下手すればその犯罪を見て見ぬ振りする始末で、犠牲者は惨たらしい結果のまま何一つ解決される事なくひっそりと、誰にも気付かれず闇に葬られてしまうのだという。
エロトマニストの犯罪が起こるのは、その国の治安の低さを意味する。
それぞれの国々での裏犯罪の残酷さは、その異常さに表にも知られている。
しかしここ日本は世界的にも平和な国で有名なはず……。
だが、今少しずつそういう犯罪が増えてきているのが現状だった。
エロトマニストの好む犯罪は、幼い少年少女で性欲を満たすロリコンから、超ハードなSMが加わり、死体にまで性欲を発散するネクロフィリア、アニマルプレイやSEX中の流血、悲鳴、殺人はこの世界では普通で、己の快楽の為ならルールなど一切ない。
ネットを覗けば、それらを写した写真、ビデオ、使用済みの道具、下手すれば会場や人間個人まで売買されているくらいなのだ。
「お前……そんな世界で生きているのか……」
だからこいつの腕を見た時、あんな傷跡があったんだな。
久遠は言うと、愕然としながら思った。
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