stage10.怯懦



 突然の彼の動きに、鳩たちが驚いて再び一斉に飛び立つ。

 そんな鳩たちの合間を縫って、見覚えのある顔が目に入る。

 あの少年だ。


「……何か用か」


 静かに尋ねる響咲久遠きょうさくくおんに、うろたえた様子で小声で少年は答える。


「通りかかったらあなたが、この公園に入って行くのが見えて……それで」


「その時からずっと近くにいたのか」


「……うん……」


「……ならば俺が今、友人とここで話していた事も?」


「……」


 黙って頷く少年。


「……悪趣味だな。人の行動を監視するとは」


「ごめんなさい……出るに出られなくなって……」


「……」


 久遠は少年を見つめてから、正面へと向き直ると再び細かくちぎったパンを、パッと宙に放った。

 バサバサと派手な羽音を立てながら、三度鳩たちが舞い戻ってくる。

 残り少なくなった小さなパンのカケラを、手の平に載せたまま目上の高さまで掲げると、2~3羽の鳩が羽ばたきながらその手の中のパンを啄ばむ。

 沈み行く太陽で茜色に射す光が、久遠と鳩をシルエットとなって浮かび上がらせる。


「……キレイ……」


 小さく呟く少年に、久遠は聞き直す。


「何か言ったか」


「そうやって鳥と触れ合うあなたの姿が……夕暮れの背景と重なって、とても綺麗だなと思って……」


「……綺、麗……!?」


 思いがけない事を初めて言われたせいか、思わず久遠は戸惑う。


「フン! くだらん」


 久遠は言い放つとバッと手を払いながら、持っていたパンの残りを投げ捨てると、そのまま踵を返して歩き出した。


「ご、ごめんなさい! 怒ったの!?」


 慌ててそれを追う少年。


「別に」


 歩みを止めず無愛想に答える久遠。


「あの……っ! どこに行くの!?」


「帰るに決まっているだろう」


「あ……えっ……と……」


 久遠の足の速度に必死に合わせながら、少年は少し迷い気味に口にした。


「い……っっ、今さっきあなたが話していた男の人って……確か……は、早川さんでしょ!?」


 その言葉に久遠はピタリと足を止める。

 突然足を止められたので、思わず少年は久遠の背中に顔からぶつかる。


「あ、ご、ごめんなさ……」


「お前、やはり早川友樹はやかわともきの件で何か知っているな」


 久遠は思い出したかの様に、クルリと振り返って少年を視線だけで見下ろすと静かにそう言った。


「あ……その……」


 少年は少し後悔気味に顔を背ける。


「三日前、俺がお前を植え込みで拾った時、お互い何も言わなかったが、俺とお前は二ヶ月前に俺の部屋の玄関前で会っているな?」


「……」


 久遠の質問に黙り込む少年。


「お前も見ての通り、早川は今あれだけやつれている。妹が行方不明になったのは自分のせいだと、責めているんだ。あれだけ明るかった奴が今では信じられんくらいにな」


「……」


「自分が自分を責める様になれば、もう救いようがないことをこの前話したが、今自分がいる環境で生きているお前ならば、この意味が解らんわけがあるまい。内容こそ違えど、お前と早川の苦しみは同じものだ」

 

 久遠は静かにそう言い放つと、そのままその場を立ち去った。

 そこに少年を残したまま。


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