stage9.間隙



 一時間後、少年が帰った部屋で響咲久遠きょうさくくおんは再び、ワインを口にしていた。

 時計を見るとAM12:00を回っている。


 もう遅いから家まで車で送るかと尋ねると、少年は少しだけ笑って見せて首を横に振った。

 そして一人で帰れるからと答え、お礼を言って久遠の部屋を後にした。


 結局、少年の様子からすっかり、友人である早川友樹はやかわともきの妹の件を尋ね損ねた。

 おまけにお互い名前も明かさなかったが、部屋の窓から見送る久遠に気付いて一礼して去って行った少年を見て、何故かまたあの少年に会う時がくる気がしたのだ。


 あの少年は何も語らなかったが、自分が幼い頃と似た境遇にあるのだと確信していた。

 だからと言って自分の事を、その少年に語るつもりはなかった。

 その代わり、あの少年に会う時は少しでもその苦しみを和らげたいという気持ちが、心のどこかにあった。

 自分と同じ大人になる子供を、黙って見過ごすのは久遠にとって余計に、自分への戒めに思えたからだ。


 同じ境遇の少年を前にしておきながら放っておく事は、過去の自分を見捨てるような気がして、手を差し伸べることで過去の苦しみから解放される気がした。

 少年を助ける為ではなく、自分自身を助ける為の、その少年は久遠の利用だった。


 ……それが自ずとまた、少年を助ける為になっていくのだが――。




 それから三日後。

 大学の授業を終えた久遠は、気晴らしに通りかかった公園に立ち寄った。

 

 ベンチに座ると、タバコに火を点ける。

 久遠の傍らには、缶コーヒーとパンが置いてある。

 彼がここに来る途中で買ったものだ。

 公園の鳩が、久遠からのエサに期待するかの様に、近くでウロウロしている。

 その様子をタバコを吸いながらしばらく眺めていた久遠だったが、公園の公衆トイレから出てくる一人の男に気付くと、思わず目を見張った。

 早川友樹だったからだ。


「早川!!」


 久遠の大声に、側にいた鳩たちが一斉に飛び立つ。

 彼に気付いた友樹は、少し笑みを見せてから久遠の元へ、歩み寄って来た。

 

 二ヶ月ぶりに再会する友樹の顔はどこかやつれていて、ヒゲも剃っていない様子だった。


「よぅ響咲……久し振りだな」


 そう言う声も力がこもっていない。


「まぁ座れ」


 久遠は彼を隣に座るよう促す。


「お前まだ……妹を探しているのか」


 隣に座る友樹にそっと声をかける。


「ん……ぁぁ……」


「お前随分やつれているぞ。パンとコーヒーがあるから食え。その様子だとまともに飯も食っていないのだろう」


「ぃゃ……悪いが食欲がねぇんだ。コーヒーだけ貰うよ」


 久遠から差し出されたパンとコーヒーだったが、友樹はコーヒーだけ受け取るとタブを開けて、一口飲む。


「何か……悪ぃな。あの時お前にも麻衣未まいみ探し手伝わせておきながら……連絡もしねぇで……心配かけさせちまってすまん……」


「俺の事まで気にするな。お前の妹の事は心から気の毒に思っている。だがな、このままだとさすがのお前でもぶっ倒れてしまうぞ。とりあえずせめてヒゲだけでも剃って、少しでも多く飯を食って、週一でいいから妹捜索を休むようにしたらどうだ」


「ぁぁ……でも休んでいたら……どうしても麻衣未のこと考えちまって居ても経ってもいらんねぇんだ……気が狂いそうになんだよ……」


「気持ちは分かるがな。警察に任せておけばいいじゃないか」


「今の警察なんか当てになるかよ!!」


 突然、友樹は激高と共にベンチから立ち上がった。

 そして固く握った拳を振るわせる。


「あいつら……!! 真剣に捜索したのは最初だけだった! 2~3週間もするとどんどん捜索の仕方もいい加減になってきて……! 俺がもっと真剣にしてくれって言ったら何て言ったと思う!? これだけ探して見つからないんだから、探し人のポスターをばら撒いて国民の通報を待つしかないだろうだとよ! そんな悠長なことしている間に麻衣未はどこかで辛い目に遭っているかも知れないのにだ!! だから俺が……!!」


「早川……」


 友樹ははと我に返ると、気まずそうに顔を背ける。


「ゎ、悪ぃ……響咲に怒鳴ったりして……ぉ、俺どうかしちまってんだ。ごめんな! 久し振りに会ったってのに……ぁ、も、もし何か……分かったら俺に連絡くれ……お前に会えて良かったよ……じゃあな」


 しどろもどろで無理矢理その場を取り繕いながら、友樹は無理に引き攣った笑顔を作って見せると、その場から去って行った。

 いつも明るく笑っていた友樹が、あんなに暗くなってしかも怒りを見せたことに、久遠は何も言えずにいた。

 しばらく友樹が見えなくなった方向を見つめていた久遠だったが、タバコをポケットタイプの携帯灰皿に捨てる。

 すると再び鳩たちが久遠の元へやって来たので、まるでやりきれない気持ちを和らげる様に自分が食べる筈だったパンを、袋から出して鳩たちに与え始めた。

 すると初めは少なかった鳩の数も、彼の与えるパンを目当てに次々と集まってくる。

 その時、ベンチ越しに背後から人の気配を感じたので、久遠は賺さず後ろを振り返った。


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