stage6.行方



 目が覚めると、涙が零れていた。


 嫌な夢を見た。

 昨夜くだらん思い出に浸っていたからか。

 自分で見切りをつけ捨てた母なのに、今更なぜ夢に見る必要がある。


「……くだらん」


 響咲久遠きょうさくくおんは目覚め早々苛ただしい気持ちで起き上がった。

 いくつかのビールの空き缶が乱雑に転がり、破られた参考書が窓から入る風によって散らばっている。

 久遠は重い腰を上げてベッドから立ち上がると、面倒そうにゆっくりとそれらを拾い始める。

 その時携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

 一瞬、そのまま動きを止めた久遠だったが、近くにあった携帯電話を相手も確認せずに掴むと、煩げにベッドマットの下に放り込む。


 ったく。休日くらいゆっくりさせろ。


 そう思いながら彼は手にした空き缶をガラガラとゴミ箱に流し込むと、そのまま洗面台に向かった。

 歯磨きと洗顔を済ませ、少し濡れた前髪の毛先から水滴を滴らせながら鏡に映る自分の顔を、睨むように見つめる。


 携帯電話は微かな音を立てながら、まだしつこく鳴り響いている。


 そのしつこさに大概なら気になってきた久遠は、携帯電話を取りにベッドへと歩み寄った。

 と同時に着信音が止まった。


 一体誰がこんなにしつこくかけてくるんだ。


 そう思いながらマットの下から携帯電話を取り出して着信を見ると、早川友樹はやかわともきから5回もかかってきていた。


 何だ。妹との付き合いの誘いか、などと思いながら時計を見ると時刻は既に午後5時を回っていることに気付き、思わず寝過ぎた自分に驚く。


 よほど疲れていたのだろうなどと思っていると、今度は突然激しくドアを叩く者が現われた。


「おい響咲!! いないのか!? 響咲!!」


 友樹だ。

 何事かとドアを開けると、まるで転がり込むようにして友樹が血相を変えて、飛び込んできた。


「響咲……っっ! お前俺の麻衣未まいみを知らないか!?」


「マイミ……? お前の妹がどうかしたのか」


「いなくなっちまったんだよ!!」


「いなくなった? 実家の方に……」


「電話で親に確認したけど、帰った様子はないらしいんだ!」


「一体いつから……」


「今朝の9時にあいつが近くの自販機にジュースを買いに行ったんだ! 俺も近くだしすぐ戻るだろうと思っていたけど、一時間経っても帰って来ないから心配になってその自販機に行ってみたら、自販機の下に麻衣未のケータイが落ちてて……まさかと思って今まで探してたんだけど、見つからねぇんだよぉっっ!!」


 ここまで捲くし立てた友樹はもう、半泣きになっていた。


「……もう外も暗くなる頃だぞ。俺も手伝うからもう一度お前の心当たりがある所を手分けして探してみるぞ」


 久遠は勇気付けるかのように友樹の肩を二回叩くと、彼を連れて寮の外に出た。


「早川。お前寮を片っ端から聞き込みしてみたか?」


「あ! それはまだ……」


「誰か知っているのかも知れない。聞いて回って来い。俺が外を探す。何かあったらお互いケータイにかけ合うようにしろ」


「分かった!」


 門の前で友樹と分かれると、久遠はひとまず近くの自販機へ向かった。


 しかしそこには当然いるわけがなく、公園や店なども探してみたが見つける事ができなかった。

 寮の門に入ると丁度、友樹が寮から出て来る所だった。


「早川。どうだ何か手がかりでも見つかったか」


「いや……! 誰一人知らないそうだ。そっちは?」


「こっちもゼロだ」


「そうか。俺、実家に向けて一駅ずつ探してみるから、響咲は俺の部屋で待機していてくれないか。ひょっとしたら妹が戻るかも知れない」


「ああ。そうだな」


 そう言って久遠は友樹から部屋の鍵を預かると、そのまま自分の車に乗り込み凄い勢いで門から出て行く彼を見送ってから、寮の中へと戻る。

 嫌な感じがしていた。

 何となく久遠は、もう友樹の妹は無事ではない気がした。

 そう考えてはいけないのだろうが、どうしてもその考えを拭い去れなかった。

 

 一見マンションのような造りになっている寮の三階の友樹の部屋に入る前に、咄嗟に飛び出した自分の部屋の鍵を閉め忘れたことを思い出し、鍵をかけに六階の自分の部屋へと素早く戻る。

 自分の部屋にはその間異常はなかったかと、確認する為一旦中に入り数秒後に再び部屋の外に出てきた。

 が、一瞬久遠の動きが止まった。

 鍵をかけた彼の目の端に入る人影に気付いたからだ。

 目を向けるとそこには、パーカーのフードを目深くかぶった少年らしき、背丈もまだ低い人物が立っていた。


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