stage7.少年



「……何だ」


 響咲久遠きょうさくくおんは何故かその空気に違和感を覚えながら、静かに声をかける。

 すると少年は、顔を俯いたまま目だけを久遠に向けながら、おそるおそる彼に両手でビニール袋を差し

出した。


「……?」


 久遠は無言でその袋を受け取る。

 すると少年はそのまま素早く踵を返すと物凄い勢いで、階段を駆け下りて行った。


 その少年を妙に思いながらも、久遠はビニール袋の中身を確認すると、少女が身につけるようなアクセサリーと片方の靴と上着が入っていた。

 もしやと思い、久遠は慌ててさっきの少年を追いかけて寮の外まで出たが、もう既にどこにもいなかった。




 それから約二ヶ月の時間が経過した。


 結局あの時の少年から手渡された遺留品らしき物は、早川麻衣未はやかわまいみの物だった。

 兄の早川友樹はやかわともきは、最愛の妹が行方不明になってから勉強どころではなくなり、結局大学を辞めてしまった。


 あの後しばらく警察などで騒がしかったが、今ではすっかり周囲はいつもの日常を取り戻している。

 それでも久遠にとって、この二ヶ月はとても長く感じられた。


 麻衣未は未だに行方が知れず、初めは連絡を取り合っていた友樹とも、今ではすっかり途絶えている。

 友樹は自分を責めながら、今でも妹を探して回っているらしい。


 久遠の方は、親しくしていた友人との付き合いがなくなって、再び何もかも忘れるかのように勉学に打ち込んでいた。

 一人の時間が多くなって、プライベートではどことなくワインの量も増えた。


 友樹がいなくなってからは、大学でやたらと教授の滝沢征二たきざわせいじが接してくるようになったが、内心それが煩わしかった。


 その間、滝沢本人から携帯番号のメモまで手渡されるほどだった。


 気が付くと遠く滝沢が自分を見つめているようで、気になって目を向けると目が合うことも多く、多少の気味悪さを覚えて滝沢を避け始めるようにもなっていた。


 そんなある日の夜、寮の自分の部屋でワインを飲みながら、窓の外を眺めている時だ。

 街灯が照らす門から、よろめきながら歩いてくる人影に気付いた。

 やがてその人影はそのまま植え込みに進むや否や、その中に倒れこんでしまった。


「……」


 久遠はしばらくただ無言で、その様子を見つめていた。

 医学を学ぶ身でありながらも、彼はいちいちその現場に行ってまで人助けする気はなかった。


 自分を訪ねて来る者以外は関係のないことだ。


 久遠はそう思いながら窓に背を向けたが、暗闇の中での人影なのでちゃんと確認は出来なかったとは言え、思わず気になってしまう。


「……もしや早川の妹……!?」


 久遠は思い出したように呟くと、ワイングラスをガラステーブルに置いて、急ぎ植え込みへと向かった。


 久遠の膝ほどの高さはある植え込みに着くと、ゆっくりとその場に倒れこんでいる者の側にしゃがみこむ。

 パーカーのフードを被っていたので、それをそっと脱がして顔を確認する。


 ……違う。早川の妹では……いや、こいつどこかで……。

 ――そうか。こいつはあの時俺に袋を手渡したガキ……!!


「おいボウズ! 起きろ! 貴様に聞きたいことがある!」


 しかし少年はぐったりと横たわったままだ。


 こいつなら早川の妹の行方を知っているはずだ。

 今も必死に探している早川の為に、こいつから少しでも情報を聞き出してやる。


 久遠はその少年を肩に担ぎ上げた。


 ……やけに軽いな……今時のガキってのはこんなに軽いものなのか?


 などと思いながら久遠は、少年を自分の部屋へと連れ帰った。


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