stage3.経緯
午後の授業も終えて、
勿論6本入り缶ビール持ちは友樹である。
だが昼間の“頭の使い道が違う”発言が原因で、すっかり友樹に捉まってしまったのだ。
「大体なぁ! お前はお前でプライベートでも勉強ばかりに勤しんでいるけど、たまにゃあこうして二人で男同士酒でも交わして語りゃあ、お互いのもっと今以上に深い事も分かり合えるってもんだ。少しは息抜きも人生必要だぜ!」
自分の隣で歩きながらそう語る友樹に、なかなか執念深い男だなと久遠は思いながら無言で苦笑する。
友樹とは久遠が西欧から日本に来て、大学で知り合ってから二年の付き合いになる。
それまで今の、どこか無愛想で物静かな雰囲気と違って、意外にも爽やかな好青年だった久遠であったが、実際は長年母親からの虐待を受けていた彼の心の奥にはいつだって、寂しさと切なさなどの辛くて重い感情が渦巻いていた。
しかしついに母親の虐待に耐え切れなくなった彼は、母親のある非情な態度がきっかけで一気に感情が爆発し、まるでこれまでの虐待の積もり積もった仕返しの如く、非情なまでに己の母親を精神病院へと追いやった。
母親に愛される為、懸命に勉学に励み、極めて素直で明るい聞き分けの良い子を努めていたのが、彼の爽やかな好青年のイメージを演出していたかも知れない。
だが最終的に母親の愛情を手に出来ないと悟ったその瞬間から、彼の心の中で渦巻いていたダークな感情が溢れ出し、よって今の無愛想で物静かな、人付き合いを苦手とするどこか人間不信な久遠になってしまったのである。
それとは対照的に心底明るく無邪気で人懐っこい友樹は、久遠以外にも他の人間からも当然好かれ付き合いもあるのだが、なぜか気が付くと大学ではいつも彼から久遠の方へと寄って来るのだ。
初めはそんな友樹になかなか馴染めなかった久遠だったが、次第に彼の相手をするようになっていた。
友樹は口にこそ出しはしないが、どことなく周囲の人間の中で一番久遠と一緒にいる時の方が何よりも自然体でいられるらしく、意識する事はないとは言え久遠もまたどことなくそれを感じ取っているようだった。
今では彼もまた、友樹と一緒にいる時間は嫌いではなかった。
好みも性格も外見もまるで正反対で、前者が久遠で後者が友樹なら、洋食と和食、クラシックとロック、モノトーンで殺風景な部屋と近代的でメタリック風な部屋という具合に、まるで違う。
服装も久遠はシンプルでありながらどこか大人っぽいスタイルだが、友樹はカジュアル的にシルバーアクセサリーを好んで身につけるストリート系だ。
久遠はともかく友樹の場合は周囲から、まさか将来医者になる為に医療大学に通う生徒だと、とても思われそうにない。
アルコールはワインを好んで飲むタイプの久遠なのだが、友樹の言うとおりたまには人生息抜きもいいだろうと、ここは妥協して彼の好みに合わせて今夜はビールを彼の部屋で、一緒に飲むことにした。
「ところでそういえばお前はどうして、医者になりたいと思ったのかなんて今まで聞いた事なかったよな」
ふと唐突に友樹が訊ねてきた。
「そうだな。なぜ今更そんな事を聞こうなど思ったんだ」
久遠がぶっきら棒に答える。
「そりゃ人をシスコン呼ばわりしてまで、勉強熱心な頭の使い方をする久遠君ならば是が非でも聞いておきたいじゃんか!」
「ホントお前はしつこい奴だな……」
半ば呆れ気味で久遠は口にする。
「いやさ、聞いておけば今後俺の頭の使い道に役立つかも知れねーし」
「まぁそれはどうかは分からんが、俺が医者になろうと思ったのは何となくだ。これと言って動機はない」
さらりと言ってのけた久遠に、友樹はあからさまに驚きの態度を見せる。
「えぇっ!? お前そんな軽い考えで、こんなレベル高い職業選んだのかよ! っかー……!! まぁ子供の頃には既に、日本語を含めて三ヶ国語話せたっていう天才的頭脳の持ち主のお前のことだから、高校でもかなりの天才だったんだろうけど、やっぱりそういう奴ってのは医者になることすら難しく考えないもんかねぇ!?」
友樹の反応に至って冷静に短く笑って答えにした久遠だったが、その真実はやはり母親の愛情欲しさからきていた。
まだ生まれていない自分と母親を捨てた日本人の父親は、医者だった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます