stage2.慈愛
「あ、ども。滝沢教授」
「いやはや、血生臭い授業は後々片付けだとかが面倒だからね。少しでも早いうちに済ませようと昼食前に行ってみたが、やはり不評だったようだね」
滝沢は苦笑しながら、ザッと食堂内を見回しながら言った。
「そりゃあそうですよ教授! 俺なんかまだ血の匂いが取れませんもん!」
「まぁ早川の場合はあれだけ血飛沫を浴びれば、嫌でも匂いが取れにくかろう。なぁ、響咲」
言葉を振られて久遠は、箸を置きながらそれに答える。
「まぁ手先が器用で要領も良ければ、あんな風に血飛沫を浴びることもないのでしょうが」
久遠の落ち着き払った口調に、友樹は悔しそうに彼を睨む。
「ハッハッハ! やはり君は将来が楽しみだよ。手術の実習後でも平然と昼食が摂れているくらいだからね」
「いえ……そう出来るのも今日の滝沢教授の素晴らしく分かりやすい教えがあるからです。何でも今こそは数が減っているものの、3~4年前までは昼食前の手術実習が滝沢教授流授業法の定番だったらしいじゃないですか」
「おや。古い話を知ってるね」
「はい。勉学の為ならどんなに些細な情報でも、念の為に情報収集するのが私の学習法ですから」
「ハハ……そうか。そりゃ感心だな。だが私の私生活まではチェックしないでくれたまえよ。私の普段の生活環境は自分でも目を覆いたくなるほど、だらしないものでね。では失礼するよ」
そう言い残して食堂を去って行く滝沢を見送ると、友樹が先に口を開いた。
「へぇ、そうだったのか。響咲、お前よく3~4年前の滝沢教授の情報を知ってたな。今、俺らの年代でその話を知ってる奴いないぜ?」
「ああ。四つ上の先輩から聞いたんだ」
「へぇ~、その年代の人と交流があるんだ響咲って」
「まぁ、お前と頭の使い道が違うからな。少しでも学ぼうと四つ上どころかもう学生からちゃんとしたドクターになっている人とかとも接点を持つよう心がけている」
「ふ~ん。無口で人見知りするタイプのお前がね~……って、俺と頭の使い道が違うたぁどうゆうこった!」
「お前は8つ下の妹を随分普段から可愛がっているじゃないか。大体寮生活している奴が、こまめに妹に電話したり休日は会いに行ったり妹が来たり。お前のシスコンぶりは、尋常じゃない」
久遠は再び食事を続けながら、話題を変える。
これにすぐさま反応する友樹。
「やかまし。だって可愛いんだから仕方ないだろう! 俺どうしても妹が欲しくてさぁ、小学生の頃親に散々妹が欲しいってわがまま言ってたらできたのが、俺の妹の
「だったら何もわざわざ寮生活せずとも、家から大学に通えば良いものを。お前の実家3駅向こうなら近いだろう」
するとケーキのフォークを久遠に向けて、友樹は言い返す。
「バカお前! その距離感がまた余計にいいんじゃないか! そのすぐに会えそうで会えない焦らされ方っていうの? そこが余計に妹への愛らしさが募るというかさぁ~!」
友樹は半ば耽溺した表情で遠くを見ながら、フォークの先をクルクル回す。
これに久遠は食事を終えて箸を置きながら、呆れた口調で述べる。
「馬鹿馬鹿しい。お前のシスコンぶりもこの際構わんが、あんまり寮に連れてくるのも問題あると思うぞ。男女共同の寮ならともかく、俺らが住んでるところは下手すりゃ女に飢えた男どもが巣食う男子寮なんだからな。中にはお前みたいなシスコンいわくロリコンが、その妹を狙っているかも知れん」
溜め息混じりで椅子から立ち上がると、呆れながら空になった食器が乗ったトレイを手に、久遠は歩き出した。
「その時はこの兄ちゃんがただじゃおかーん!!」
「そんな調子だから血飛沫も浴びるんだ。やはり俺とお前とじゃ頭の使い道が違う」
意気込む友樹の発言に、久遠は諦めたように口にするのだった。
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