第8話

 外に出ると、土砂降りの雨やった。こんな中を歩いて行くんかいな?けど、劇場の前にいつまでも居ってもしゃあないし、気合い入れて近くのコンビニまで行くことにしたんや。路の上に水が張っとって、もうでかい水たまりの上を歩いてる感じで、どこまで歩いても終わらん水たまりやった。靴も初めは多少の水を弾いてたけど、靴紐んとこから入って来たんか、一度濡れてるって感じてからはもうグズグズやった。

 ほんの5分も歩かんかったけど、コンビニの入り口に着いた頃は、もう濡れてるというより滴ってるって言った方がいい状態やった。それでもビニール傘とタオル買って、頭と体拭いてから駅に向かうことにしたんや。

 もう結構濡れてたんやけど、それでも傘があるんと無いんとでは全然違った。頭の上の方で雨粒が傘を叩く音がバラバラ聞こえとって、さっきまではそんな雨の勢いに怯えすらしてたけど、傘があるだけで守られてるって気持ちがして、雨と違うテンポでゆっくりと歩きながら、なんぼでも降ったらええねんって思うてた。その内、アーケードの所まで来て、アーケードの下になった瞬間に雨の音が消えてしもうた。

 俺は、傘を畳んで手に持ちながら、もうほとんど店舗が閉まってもうたその商店街を歩いとったんやわ。そのアーケード街は、何回か曲がったり、大きな道路で途切れたりはしたけど、駅のすぐ近くまで続いとった。そんで、駅近くの店なんかは、まだ開いてて、そんな店の一つで和菓子のお土産を買った。まあ、誰のお土産って、自分のなんやけど、手ぶらで帰るんも寂しいから、ちょこっと食べるもんでも買おう思うて、たまたま入った店にあったんがあんこ玉やった。色んな色のつるっとした一口で食えそうなんが幾つか入った一番小さい詰め合わせ買うて、電車に乗ったんや。

 アパートに着いてから、すぐに風呂に入ったわ。結構濡れとったから、電車ん中でも駅から歩いてる時も身体が震えとった。もう、あかん。風邪引いたわって思うてたけど、着てるもん全部脱いで、あったかい湯に浸かっとったら、意外に落ち着いて来た。服脱ぐときにアホほど震えとった手も、肩も落ち着いて、大丈夫やって思えてきて、身体の力が自然と抜けて行ったんや。しばらく、そうやって湯に浸かってたわ。

 風呂から上がって、濡れた服を洗濯機に放り込んで回して、それから着替えて、お湯沸かしたんや。お茶でも煎れよう思うて。それから、あんこ玉の包み紙開けて、部屋の真ん中の卓袱台みたいなテーブルに置いた。俺は、急須で煎れたお茶を湯呑みに入れて、それを手に持ちながら座椅子みたいになっとる一人掛けのソファーに座ったんや。一口、お茶を飲んでから、湯呑み置いて、そのあんこ玉の箱を開けた。

 四角く九つに区切られたその箱に、抹茶色のやつとか、白いやつとか、橙のとかが一つ一つ、それぞれの空間にちょこんと座っとった。表面が薄い寒天で覆われてるみたいで、つやつや輝いとって、ほんま可愛かったわ。俺は、その一つを指で摘んで口に入れたんや。歯で噛んだら、ぷるんいうて下地のあんこが口に広がって、甘すぎでものうて、そんでもしっかりした甘みが感じられた。美味いなあ、思うたわ。そんで、またお茶を飲んだんや。

 俺は、明日から仕事やと思いながら、彼女のことを考えとった。多分、二度と会うことも無いんやろうけど、そんな彼女が舞台上で見せとった表情を思い出して、自分の脳裏にまた丁寧に描き直してみた。それって、もう実際の彼女でも無くて、そんな顔やったかも正確に思い出せへん。そやけど、俺の中で彼女の表情の色合いはどんどんと深まっていって・・・・・・窓ガラスから透けて見える夜の闇に彼女の存在が浮いているようにさえ感じられ、自分のその隣に名前さえ無いその彼女をちょこんと座らせてみたりもする。

 俺は、そんな彼女に何て声を掛ければええんやろう?

「あのう」

そう言うた俺。正直、それから何て言うんかドキドキしとったんや。

そうしたら

「頑張ってください。」

俺はそう言うて、あんこ玉を口に放り込んでしばらくもぐもぐやってから、恥ずかしそうに湯呑みのお茶をすすったんや。


明日が、ええ日になればええな。

ほんまにそう思うわ。

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サン・サク @tsuboy

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